木曜日, 6月 24, 2021
Home News ポケモンと似ている?−ペーパーアート・ストーリー Part3 完 –

ポケモンと似ている?−ペーパーアート・ストーリー Part3 完 –

解は、どちらも進化する、と。この記事は、ペーパーアートのシリーズの最終章(現時点で)であり、まずパート1をおさらいしてから、その進化について見るとしよう。あるいは、リンク先に飛んでみると更に面白いであろう。

パート1 – 我々が子供の頃には知っていて遊んでいたはずの紙が持つ魅力も、「大人になる」過程で忘れ、つまらない物体と変わってしまう。しかし、「紙はアートを内包するメディアムであるだけでなく、創造性の魔法を唱える素材そのものとなりうる」ことを教えてくれる紙作家らによってその魅力を再発見できる。

パート2– 4000年以上に及ぶ人間と紙との関係への追憶は、ペーパーレス時代になっても一夜にして消えるものではない。厚さ1ミリにも満たない紙は、その発展とともに信じられないほどの芸術性を宿してきた。紙は植物に由来し、生物学的なエネルギーを持つ。この有機的エネルギーこそが「芸術家と芸術を、芸術と私たちを結ぶ触媒として繋いでいる 」のだ。

今回は、ペーパーアートのまた違った一面が見るとしよう。その進化は、想像力を超えて成長するポケモンのように、我々を驚かせるやもしれぬ。しかし、アートを愛する私たちとしては「目指せ〇〇マスター!」と、つい興奮に背を押される。

進化タイプ1「ニョロボン」原点を忘れない

おたまじゃくしのようなポケモン、ニョロモを捕まえたときは、緑色のカエルのような姿に進化すると確信していたものだ。しかし、最終形態であるニョロボンは青くて渦巻きを腹につけたままで、要するにオタマジャクシのままだった。同様にペーパーアートの中にも、その起源に強く忠実で、紙の原始的な存在感を声高にするものがある。オランダのグラフィックデザイナーであり、庭の設計士でもあるStuidoMieは、「PaperWork」と呼ばれるシリーズを制作している。その名の通りに、実質的に紙片と紙のみで作られる単純さにも関わらず、その見事な芸術性の進化は見る者を打ちのめす力がある。

抽象とミニマリズムのDNAから進化したと見える彼女の作品は、変貌の小さいニョロモ–ニョロボンの系譜に感じた「要素を徹底的に削ぎ落とした中にこそインパクトがあるのではないか」という問いかけを鑑賞者に残す。彼女の作品はアートの既成概念的な構造や美学にジャブを入れるようである。ミニマリスティック・アートの巨匠フランク・ステラは「目に見たものを見たままに(理解せよ)」と言うが、私は彼女の作品を庭の設計士的、自然環境的な側面から解釈せずにはいられない。(そして彼女の作品を見ているとなぜか、アメリカの前衛作曲家ジョン・ケージの音楽が耳に聞こえてくる。)

もし一度でも迷路庭園に足を踏み入れたことがあれば、パターンを認識しようとしている間に、形や影に目が錯乱される事に気付いたであろう。また、植物を育てていると、その成長や天候の変化をいくら分析しても、予測できない事態に遭遇する。StudioMieの作品では、構造的に配置された紙片が生み出す不確かな影と、人工的迷路から自然森の中に迷い込む様な予測困難さを体験できる。彼女は、コロナウイルスのロックダウン中に「パターンやシステムが予期せず不安定になるとどうなるのだろうか?システムは回復するのか、変身するのか、それとも衰退するのか?」と自問し、それをPW024 / faltering patternのシンプルながら力強い作品に昇華させることに成功している。

進化タイプ2 「ギャラドス」 バリバリの肉体改造

2種類目は、無力に跳ね回るコイキングから空飛ぶ水竜、ギャラドスへの劇的なジャンプをみる様に、大村洋二朗の作品も、同じDNA(この場合は紙)からどうやって進化したのか頭をひねらされる。生命力に溢れる彼の作品だが、信じられないことに、彼の彫刻の才無くしてはただの紙切れなのだ。サイケデリックな色のトカゲは今にも獲物を捕らえんばかりの勢いで、六枚羽根のトンボは星散りばむ銀河へと舞い立つ。数々の賞を受賞した彼の想像力と技術によって、それらは驚異のペーパーアート変種へと成長を遂げた。

もちろん、古典的なキャタピーからバタフリーのような進化タイプもあるが、この広大で多種多様なアート界であなたのお気に入りを見つけて集める楽しさを、あえて奪いたくはない。自分なりの図鑑完成、〇〇マスターを是非目指して頂きたい所だ。

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Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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岡本 評価いただき、ありがとうございます。でも「アートマーケット」の中で、既存のジャンルとバッティングするようなことにはしたくないとも考えています。絵画にしろ、彫刻にしろ、アートにも様々なジャンルがあると思うんですけど、市場の中でそれらと競合し、シェアを奪うようなことはしたくない。「したくない」と言うより、面白くないと思うんですよね。 むしろ、他のジャンルとコラボレーションする。工芸の作家さんとコラボレーションして、漆塗りの額縁をいっしょに作ってもらうとか。アート作品として、しかも日本のクリエーションとして海外にプレゼンテーションしていくと考えた時、そういう他のジャンルと協力することが重要になって来るとは思いますね。 井口 漫画をアートのジャンルに広げながら、既存のアートとの共生というか、新しい価値を生み出していく。 岡本 そう、そこが面白いと思うんです。これまでもポスターとか、例えば複製画とかはあった。でもアートとしてのクオリティを担保させた、つまりアートワークとしてコミックスを展開させる発想はどこにもなかったわけですよね。もちろん集英社としても初めての試みだし、業界にとっても新しいことだとは思うんです。 井口 今「アートとして」と仰いましたけど、その点で言うと、僕なんかはブロックチェーンによる証明書の発行は面白いと言うか、ある種の核心をついていると思います。アートに携わっている者の業と言いますか(笑)、ブロックチェーンや証明書と聞くと流通のあり方や価値形成や担保について考えているだろうな、とは想像がつくんです。というのも、今回はマルチプルな作品として展開させると思うんですが、そうなった時にはエディション管理の話は必須になってくる。 岡本 そうですね。そもそも、このプロジェクトに可能性を感じたきっかけもまさにそれで。今回はとにかく「複製品を売っている」と捉えられることは避けたかった。そうするとエディション管理とか、流通のさせ方にも工夫というか、アート作品として市場に流れていくロジックが必要だったんですよね。スタートバーンのブロックチェーンシステムはそういう意味では一つの大きなきっかけでしたね。 井口 今のお話にポイントがあったと思うんですが、その「アートとして流通させる」という点はすごく重要で、僕は現代アートとはジャンルというよりは一つの仕組みだと思っているんですね。けれど、そう考えた時、先ほどの話の繰り返しになりますけど、やはり版画や写真のような再制作が可能な作品の流通ではエディション管理、もっと言えば市場での価値の管理がすごく重要になる。 岡本 おっしゃるとおりだと思います。 井口 むしろそこさえクリアできれば、なんと言いますか、土壌は出来ていると思うんです。今の現代アートではKAWSをはじめ、もともとは外の世界にいた人たちが受容されていく傾向がある。ストリートアートやポップアート、あるいはイラストレーションが一つのジャンルになったわけですよね。言い過ぎかもしれませんが、そこに漫画という新しいジャンルが入ってくる下地はあるんじゃないのかな、と。こんなこと言うと、また方々から「言い過ぎだ」とかお叱りを受けるかもしれませんが(笑)。 岡本 いや、でも言っていることは分かります。でも、だからこそいかに丁寧に価値をつくっていくか、というところは重要になる。梱包一つとってもそうだし、配送もそう、もちろん証明書の話だってそうですよね。 井口 フランスでは漫画は九番目のアートとも言われているし(笑)。でも今お話になっている通り、現代アートは仕組みの世界で、そこにはルールがある。その「お作法」と言いますか、商慣習のようなものをおさえている点がストイックだし、このプロジェクトが本気なのだなと感じます。 岡本 ただその文脈で話をすると、一方では現代アートというか、ファインアートの中枢みたいなところとのバッティングは避けたい。あくまでも漫画というバックグラウンドは意識するし、ファインアートにも既存のやり方や作法がある。そこへ無理に合わせようとするとよくないんじゃないか、と。もちろん全く無視はしないし、だからこそブロックチェーン証明書の話もあるんですが…。もっと広い意味でのアートとして定着させたいし、それ独自の文脈や価値を考えていく必要があると思っています。 井口 なるほど。あと価値の点で言うと、これは個人的な意見ですけど、価値って感じ取るもので、それは共通の価値つまり認識が生まれることで大きくなっていくと思うんですね。その共通の価値が大きくなって総体的な価値が生まれる。マンガアートがどうやってアートとしての価値を生み出していくのか、この点はすごく可能性があるし、興味があります。 漫画の継承の方法としての「マンガアート」 井口 核心と言うか、少し突っ込んだ話ですが、この「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」と複製品の最大の違いはどこにあると考えてますか? 岡本 一番はリサーチと修復ですね。実は漫画の原画というのは退色や劣化がものすごく早いんです。油絵などよりもずっと脆弱です。というのも、週刊や月刊連載をベースにしている漫画の原画は、その制作速度に適応するために乾きやすい染料系のインクを使うことが多いんですね。この画材があって漫画の表現が豊かになっているんですが、一方でこうしたインクは退色や変色が早いんです。あとは写植を貼る接着剤など、紙を傷める要素がいっぱいある。 井口 そうか、印刷を前提にするから原画を長持ちさせるという発想はないんですね。 岡本 そう、まさに。アーカイブの専門家からすると「100年は保たない」という話もあると聞きます。きちんとした設備状況で保存しても、です。漫画の原画は、どれもくまなく、現在進行形で劣化に向かってるわけですよ。だから今回の作品化する際にも、元の状態がどうだったかというのをリサーチし、修復しながら制作するんですね。 井口 単純にプリントしているとか、そういう話じゃないですね。 岡本 そうなんです。それに漫画と違い、原画を縮小ではなく拡大している。だから撮影からプリントまできちんと行わないと鑑賞に耐えられないものになる。制作から流通まで、全て細かいコントロールをきかせながらするわけですけど、そうなると単純に複製品をやってます、とは言えない。 井口 アートにすることで残していく。 岡本 絵として残すことで、つまりコミックスの状態とは違う体験を与えるものとしてね。今は紙の原画がオークションで高値で落札された話も聞きますけど、そもそも原画の保存が間に合っていない。デジタルアーカイブはしているけど、大元の紙については劣化が進むばかりなんです。だからこそこのプロジェクトでお金が生まれれば原画の保管の研究にも回せるし、もちろん作家さんへの還元もできる。 井口 漫画家の新しい活動領域を生み出せますよね。 岡本 まさにそうで、やはりコミックスの世界も段々と厳しくなっている現状はあって。原稿料や印税だけで生計を立てるのは難しい作家さんでも、自分が描いた絵をアートとして活用できれば違った可能性も見えて来るかもしれない。将来的には新人漫画家さんの絵も作品化していきたいとは考えてますね。 井口 そう考えると、「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」の目指すところはだいぶクリアですよね。漫画の継承、漫画作家の新しい可能性。 岡本 漫画は、やはりどうしたって日本の重要な産業でもあるし、文化でもある。それを時代に適応しながら継承していく方法については考えなくてはならないし、これまで漫画を世の中に送り出していきた集英社だからこそ真剣にならなきゃいけない問題だとは思っています。アートとしての漫画が成立するのか、それをこれから丁寧に、そしてもちろん挑戦的に積み重ねていきたいですね。 岡本 正史 | Masashi Okamoto 「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」事業責任者・ディレクター。東京芸術大学美術学部卒業後、株式会社集英社入社。女性誌~女性誌ポータルサイトを 経て、マンガ制作のデジタル化に参加。集英社刊行の主要コミックスをアーカイヴしデー タベース運用する「Comics Digital Archives」を企画・実現。「少年ジャンプ」等マン ガ誌の制作環境のデジタル化を行う。デジタル事業部に異動後「Manga Factory」 「SSDB(集英社総合データベース)」を立ち上げ。 井口 泰 | Tai Iguchi 株式会社TRiCERA 代表取締役/Founder。一般社団法人日本アートテック協会(JAAT)理事大学卒業後、老舗音響機器製造業に入社、アジアパシフィック統括本部にてキャリアをスタートする。シーメンス株式会社に転職、医療機器の受発注に従事、プロジェクトリードとしてシステム導入に尽力。2015年株式会社ナイキジャパンに入社し2017年には日本の直営店舗サプライチェーンを統括するマネージャーとなり、グローバルプロジェクトに参画、日本国内においても複数の新規プロジェクトを立ち上げ実行する。2018年11月1日、株式会社TRiCERAを設立する。 サイトURLhttps://mangaart.jp/  

日米を代表するアーティストが東京でデュオ展を開催

国際的に活躍するアーティスト、Yuko MohriとDavid Horvitzのデュオ展「夏の雨」がSCAI THE BATHHOUSEにて開催されます。 SCAI THE BATHHOUSEで初のデュオ展を開催するYuko MohriとDavid Horvitz。二人はパリで会話を交わし、夏の雨には様々な顔があることを語り合いました。このような雨についての議論の機会を得た後、二人は水と雨の研究に焦点を当てます。夏の雨には雨、雷雨、七夕の雨など様々な顔があるのではないかとのことです。その結果、「夏の雨」というタイトルで作品を発表することになりました。 Yuko Mohriのメインテーマの一つに水漏れがあります。特に東京メトロの駅構内の水漏れは頻繁に発生しているが、ほとんどの人が通り過ぎるだけである。「夏の雨」では、「モレ・モレ(水漏れ)」など、初期のキャリアの中でのインスピレーションの源となった作品も発表しています。と「モレモレ(漏れ)。東京」です。Mohriは、アートの一形態として、エネルギーの回路を考案し、インスタレーション作品の中で自分の装置が再生されるようにしています。Mohriはアートの一形態として、エネルギーの回路を工夫し、装置が自分自身で再生するようなインスタレーション作品を制作しています。Mohriはパリ滞在中にも水漏れ事件を起こしています。"The Water Fall Given"はその作品です。 Mohriとともに、アメリカのDavid Horvitzが 主に時間や距離などの概念を巧みに操り、ウィットに富んだ詩的でコンセプチュアルなアートに変換していく彼の作品は、「夏の雨」というテーマでも発表されています。本展の作品の中でも特に「切手」は、「夏の雨」をテーマにした作品の中でも特に目を引く作品です。 人々の目を楽しませてくれます。雨や川、海など様々な水の状態を表現したスタンプや、「あなた」を表現したスタンプを紙に貼って、観客が自分のための詩を作れるようにします。 Mohriが人間が利用する空間であるアーティファクトの中で起こる自然現象のサイクルに着目しているとすれば、Horvitzは水と海と人間との関係性とその意味を見出すことに着目しています。"When the ocean sounds"は、人間の血液と海水の成分の類似性について書いた海洋生物学者レイチェル・カーソンのアイデアに触発された作品です。人間と水の間に比喩的な関係をもたらすための彼の別の試みは、彼の作品"スタンプ"にも見ることができます。Mohriが管理された環境下で水を研究しているのに対し、水はオープンな環境の中で発見されたものであり、水、雨、現象と人間に対する彼らの微妙に異なるアプローチが本展の面白いところである。展覧会自体はもちろんですが、Yuko MohriとDavid Horvitzという世界的な二人のアーティストが一緒に作品を発表するという点では、今東京で起きている現代アートシーンの中でも注目すべき展覧会だと思います。 会期は2019年7月19日から9月7日まで、夏休みの締めくくりは2019年8月4日から19日までです。SCAI THE BATHHOUSE https://www.scaithebathhouse.com/en/ 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

アーティスト紹介[親戚の仕事別]

身内と似たような職業に就いている人は珍しくありません。特にミュージシャンやスポーツ選手は統計的な相関関係があるほど顕著です。さすがに、芸術家を親に持つ人は非常に多く、親の仕事の影響力が 見られるケースも少なくありません。 しかし、親族が芸術家でなくても、間接的に創作に影響を与えることがあります。時にはモチーフやインスピレーションの源になることもあります。多くの場合、彼らは芸術家を志す人のための触媒になることができます。それほどまでに、近親者の職業は、アーティストの創造的なプロセスの重要な部分なのです。 今回は、これらの親族の職業と作品を並べて、その関係を探ってみたいと思います。 父:商社マン 神田さおり 神田が幼少の頃、父親の商社マンとしての仕事の関係で、バグダッド(イラク)やドバイ(UAE)で過ごす。異国の地で生活する中で、世界の美しさと日本の魅力に触れる。  彼女は自らを「ダンシング・ペインター」と称し、音楽の波を全身で感じて描くという考えのもとにアートパフォーマンスを行っている。身体そのものが絵画の一部となり、大きなスクリーンを横切って踊ります。作家がダイナミックに生み出す筆致は、生命体のような生命力を持っており、生まれては消えていく。そのサイクルは生態系のようなものです。  身体表現のある作品は、白髪一雄やジャクソン・ポロックのアクションペインティングの 系に繋がっていますが、照明、音楽、ダンス、お香、衣装、ヘアメイク、舞台美術などなど 空間を埋め尽くすパフォーマンスは独自のパフォーミングアートとして高く評価されており、世界遺産/沖縄中城跡にも登録されている。また、奈良の天河大弁財天社、岡山の吉備津彦神社をはじめ、台湾、上海、香港などで奉納舞踊公演を行っている。アメリカ、スイス、フランス、カザフスタン、インド、ミャンマー、フィリピンなど。日本にも招かれている。  世界中を旅し、そこに住む人々との出会いを吸収し、ダンサー、画家としての作品を精力的に発表していく彼女の姿は、国や人種の垣根を越えているが、その育ちは彼女の原体験と密接に関係していると推測できる。 神田が描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100114 父: 鍛冶屋 Hiroko Tokunaga  幼少期に「ものづくり」の一つである鍛冶屋が存在していたことが、Tokunagaの創作に対する独特の姿勢を 形にしていたようです。大学時代は油絵を専攻していましたが、「絵を描く」ことよりも「ものを作る」ことの方が 自分の表現の可能性を探った結果、アクリル板を削り出す方法を見つけたそうです。彼女が辿り着いたのはここまで。彼女の現在の作品は、現代的な「ハイ」な雰囲気を持っていますが、同時にそれはアート以上のものです。加えて、より根源的な行為である「ものづくり」を感じさせてくれます。  両親が鍛冶屋であることを知っているからかもしれないが、鍛冶屋とTokunagaの作品や創作物には共通点を感じずにはいられない。遠くから見た彼女の作品は、非常に現代的で端正でありながら、それと同じように非人情で冷たささえ感じる。それはまるで鍛冶屋が鍛えて完成させたばかりの鉄製品のようである。  しかし、切り取られた点や線は、近くで見るとまた違った表情を見せてくれます。驚くほどの繊細さを持ちながらも、人の技の痕跡を確信を持って見抜くことができる。これらの作品の温かさは、代々受け継がれてきた家業である鍛冶屋に内在する「ものづくり」の精神を反映しているように思えます。あります。点と線の「積み上げ」を見ることで、大学時代に経験した筆の「積み上げ」が、彼女の 芸術から「ものを作る」ことへの移行の感覚と、その移行によって獲得した点と線の「つながり」を 見る者はあらゆる感覚を「知覚」する。 Hiroko Tokunagaが描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100373 姉妹: アパレルビジネスマン Shimpei Ishikawa  Ishikawaの姉がファッション学生だったこともあり、思春期の頃はファッション雑誌が身近にあったという。雑誌のランウェイで見たモデルは、左右対称だったそうです。アーティスティックなモデルは、アーティストとしてのIshikawaの琴線に触れたのでしょう。その後、モデルのような姿がモチーフに登場するようになり、今でもIshikawaのモデルへの関心は高い。それは「感じて想像する」という彼の作品の基本につながっている。  モデルの顔や体を服で覆って、本来の人間の体とは違う形に変身させることが多い。されている。服を着るという人為的な行為によって、人形のように「作られた」パーツに変身する。しかし、ランウェイを歩くための足は、いわば「作られているか、作られていないか」の人間本来の姿の一部である。この二つの要素が共存することで、見る者の漠然としていながらも鮮明な「感じたり想像したりする」感覚が揺さぶられる。この二つの部分が共存することで、見る人の漠然としているが鮮明な「感じ方や想像力」の感覚を揺さぶる。作られた」部分があるからこそ、「作られた、あるいは知られていない」部分には、ある種の空白がある。 このようにして、模型を見る私たちは、想像力を働かせるように促される。  Ishikawaは全く同じことを作品の中で再現している。人為的に操作された作品の形態と、見る者の無意識のイメージが共存し、相互に作用している。行うことによって完成される彼の作品は、その性質上、創造のプロセスのようなものである。中に人がいることを前提に作品を制作し、鑑賞者の想像の余地を意図的に残している。手を握っている。鑑賞者は、手のある作品の「作られた」部分と、手のない作品の「作られた、あるいは知られていない」部分を意識的に意識している。作品との相互作用関係は、前後に縛られている。 それだけでなく、意識とは何かを再考させてくれるだろう。 Ishikawaにとって、積み木から人を彫るという行為と、服を着た人の構造は、作品の中では自然な要素である。それは結び目であり、私たちにとっては一見奇妙な行為である。しかし、「感じて創る」という精神的な機能は、私たちの日常生活の中に、ファッションモデルや 意外と潜んでいるのかもしれません。 Shimpei Ishikawaの他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100381

更新される雨~もっとも身近な非日常のあり方~

 雨は人間にとって、もっとも身近な非日常ではなかろうか。  そして、その非日常は数々のドラマを生み、小説や絵画など様々な形となって人の心に波紋を生んできた。  日本人にとっては教科書などで馴染みの深い歌川広重作《大はしあたけの夕立》。かのゴッホが模写したことでも知られるこの作品は世界で初めて雨を線で描写したということを知っているだろうか。(諸説あり)それまで絵画の中で、雨は傘や濡れた地面の光の反射によって表せれてきた。しかし《大はしあたけの夕立》が海を越えたことによって、世界の雨の形がアップデートされたのだ。  本記事では150年以上前に描かれた名画、《大はしあたけの夕立》に変わる新たな雨の表現を追求するアーティスト数名をご紹介しよう。 marthac-art 作家の詳細はこちらから 菊地爽秀/Sousyu Kikuchi 作家の詳細はこちらから 氏江樹穂/Kiho Ujie 作家の詳細はこちらから 伴野加代子/Kayoko Tamino 作家の詳細はこちらから Sai Seinan 作家の詳細はこちらから LOCO 作家の詳細はこちらから

Feature Post

3分ニュース-次のアーティストが来る場所

 新宿にある損保ジャパンの美術館は、1976年に設立されました。ゴッホの「ひまわり」をはじめ、ゴーギャン、セザンヌなどの作品を収集し、年5回の展覧会を開催している東京を代表する美術館です。 A hunter's feast Shiori Saito oil/canvas, 162×194cm, 2019 若者の発掘にも力を入れているこの美術館が、第8回目のコンペを開催しました。年齢や所属を問わず、本当に力のある作品」を条件に、全国から作品を募った。 コロナウイルスの影響で展示は中止となりましたが、今回は全国から応募された875点の中から選ばれた71点の入賞作品が展示されました。 Looking at tomorrow Kazuhiro Otsuki Acryl on canvas, 162×194cm, 2019 今回は、いくつかの作品が受賞したハイライトを通して、日本の若いアートシーンを紹介したいと思います。 A record about physical Matsuura Kiyoharu Acryl on canvas, 162×130.3cm, 2019 

Yuna Okanishi: 筆跡の中に禅を見つける

“書道は単に線を引くだけではなく、線と線の間の空間も大切にしています。” Yuna Okanishi 若い頃から墨と紙のモノクロームの世界に惹かれていたYuna Okanishi。7歳の時には書道を正式に学び始め、書道への理解を深めていく。彼女にとって書道とは、単に線を描くことだけではなく、線と線の間の空間、つまり空虚さと充実感の二項対立を意味しています。 黒は空虚を表し、白は充足を表します。何が本当で何が本当でないかわからない世の中で、何が本当に大切なのかを見極める努力が必要だとOkanishiは考えています。 今回のインタビューでは、Okanishiの作品の原点、Okanishiにとっての作品とは何か、そして禅の思想が創作活動に与えた影響についてお話を伺いました。このインタビューは、長さとわかりやすさのために軽く編集されています。 現実と想像の世界を描く "空虚さと充実感 "の二項対立 書道から水墨画まで 簡素化と禅のライフスタイル 書道は命 岡西由奈のアートを購入する場所 現実と想像の世界を引き寄せる 水墨画家になるまでの経緯を教えてください。 7歳の頃から書道の練習をしていて、2010年に初めて個展を開きました。水墨画をMr. Sekizawaに習おうと思ったのは2012年のことでした。Sekizawaは日本画・水墨画の巨匠として有名なKawai Gyokudoに師事されていて、その技術は本当に並外れていました。 私はSekizawaから水墨画を学ぶことが大切だと思い、Sekizawaに連絡を取り、すぐにSekizawaの指導を受けることになりました。この時、私は全力で墨書画の習得に励み、多くのことを教えていただきました。 Yuna Okanishiの大と小 Sekizawa先生から学んだ一番大切なことは何ですか? 授業中に何度も楽しい? と何度も聞かれたのを覚えています。関沢さんはいつも「よかった、よかった!」と喜んでくれました。 Sekizawaさんは、「楽しいことが一番の描き方」とよく話してくれました。書道は自分の心の状態を映し出す鏡なので、楽しんで描いていたかどうかは見ている側にも伝わります。また、制作過程そのものを楽しむことが、芸術を追求し続けるための鍵であるとおっしゃっていましたが、私は作品を制作する際に常に意識しています。その楽しさは、作品だけでなく、自分自身にも広がっていくので、制作中は本当に楽しいと感じます。 "描く一本一本の線は、自分の姿、自分自身を表している" 7歳から書道を習っていたそうですが、その影響はいかがでしたか? 一本一本の線が自分を表していると思います。例えば、単純な直線を描けなかったら、自分に自信がないとか、自信がないとか、そういうことですよね。 あなたの心が正しい場所にない場合は、それは線の中で表示されます;あなたが続けるようにまっすぐなストロークは蛇行し始めるでしょう。しかし、あなたの心が設定されている場合 - あなたの心の最も深い部分から自分自身の確信しているとき - あなたの描画は、これを反映します。 私にとって、私は書道はあなたの心と精神を表すように非常に人生そのもののようなものだと思います。私の書道がますます洗練されていくにつれ、私はより成熟し、自分の人生をより明確に理解するようになりました。ある意味、書道は人生のバロメーターのようなものです。 6 by Yuna Okanishi "空虚さと充実感 "の二項対立 アートシリーズ「空虚と充満」のコンセプトはどのようにして生まれたのですか? 子供の頃からずっと考えていたことなので、"生まれた "わけではありません。真実とは何か、嘘とは何か?私が見ている世界は現実なのか?私の目で見ている世界は、私の魂の目で見ている世界と同じなのだろうか?このような疑問は、私の心の中に常に存在していました。 Yuna Okanishiのパラレルワールドとのコミュニケーション 例えば、私は小さい頃、キャンバスは粒子に分解できるので、その小さな粒子の上に世界が存在していて、その粒子の上に何かが生きているのではないかと信じていました。私たちが生きているこの世界、私たちが生きている宇宙が、誰かにとってのもう一つの「粒子」に過ぎないとしたら?もしかしたら、私たちはバービー人形のように弄ばれているのかもしれません。 真実とは何なのか?これは、私がまだ答えを出せていない問いです。 大人になってからも、これらの疑問は私と一緒に残っていた。私が見ている光は何億光年も前に作られたものかもしれない。では、今、私が見ている光は何なのか?真実とは何か、嘘とは何か。 "空虚そのものを描いているかのように 白い空白をどう残すかを いつも深く考えています" 人に会っても、こんなことを自問自答し続けています。もしかしたら、自分と仲良くなれない人の中にも、自分が学ぶべきことがあるのではないかと。真実は意外なところにあるし、その逆もある。私は、「空虚と充足」の世界で答えを探して生きているのだと思います。 私たちは生まれる前からすべてを知っていて、意図的に生まれてきた両親のもとで育つことを選んでいるのだと思います。何かに抑圧されているわけではないので、この人生の最初の数年間の記憶はとても貴重で大切なものだと思います。作品を制作する際には、このような人生の初期段階の記憶を常に思い出すようにしています。 あなたの作品のどのような点が他のカリグラフィーアーティストとの差別化になっていますか? よく見ている方から「私の書道は独特のスタイルを持っている」と言われることがありますが、正直なところ、それを自分で発見するには至っていません。ただ、私がいつも気にしているのは、空虚さそのものを描くように白い余白をどう残すかということです。書道だけではなく、文字の周りの空間をどのように見せるか、ということにもこだわっています。 書道から水墨画へ 普通の書道と墨絵の違いは何ですか? 書道は自分の心や精神状態がとてもよく反映されています。例えば、心が不安定な時に線がぼやけてしまう。私の心を映し出してくれます。 カタナ(剣) Yuna Okanishiさんの 墨書画は、水墨画に見られる技法を用いて描かれています。もちろん、書道のように精神状態を反映したものではありますが、墨書画は文字のように露骨なものを描くのではなく、より抽象的なイメージや概念を描くことを目的としています。 技術的な面では、書道では二度書きが禁止されていますが、墨書画は、軽い筆の上に重い筆を重ねて、インクの自然な流れを楽しみながら重ねていくものです。そういう意味では、水墨画に近いですね。 書写画は、書道と日本画の中間に位置する芸術だと思います。 簡素で禅的なライフスタイル 禅の哲学は、あなたのライフスタイルと芸術の両方に見出すことができます。禅の考え方を取り入れたきっかけを覚えていますか? 子供の頃、私はアトピーに悩まされていて、母は介護に苦労していました。私は市販のものにアレルギーを持っていたので、自然のものしか使えませんでした。 アトピーをきっかけに、母は環境への意識が高まり、環境に優しい生活を送るようになりました。そんな母を見て育った母の生き方には、何事も大切にする、物を大切にするなど、禅の思想に通じるものがありました。禅の本を読み始めた時に、その精神に真実があると思い、禅哲学を修行したいと思いました。 禅哲学に興味を持った理由はもう一つあります。忙しい現代社会の中で、歩きながらスマホを使い、食事をしながらテレビを見ていると、その瞬間を生きづらくなるのはおかしいと感じました。禅の修行では「今を生きる」ことを実践すると聞いて、2014年に非常に厳しい修行で知られる永平寺で学ぶことにしました。 先ほど、「書道は心を映すもの」とおっしゃっていましたが、ご自身の成長が作品にどのように影響しているのでしょうか。ご自身の成長は作品にどのような影響を与えているのでしょうか? 私の作品には曲線を描く線が多いのですが、この曲線は時間の経過とともに大げさになってきていると思います。 それは自然の曲線であり、雲海であり、アーチを描く枝でもあります。自然を愛することで自分をもっと発見していくと、海に潜ったり、大自然の中に出てみたりして、世界の「曲線」をもっと発見して、自分の線がもっと曲線になっていくことがよくあります。私の作品は私を表しているので、私の作品がどのように進化してきたかに満足しています。 書道は命 私は、書道は人生だと思っています。 書道の練習をするときは、まず「臨書」の文字を写すことから始めます。 臨書の練習には三段階の段階があります。 第一に、文字の形を真似る「桂林」です。これにより、師匠の技を習得することができます。 第二に、書家の意味や思想を理解し、その思想に浸りながら文字を描く「入林」。 三つ目は、今まで学んできたことを忘れて、自由に描いて、自分だけのオリジナルなものを作る「毛琳」。 この段階は、人生そのものにも当てはまると思います。生まれた瞬間から、周りの人の真似をして言葉を覚え、人を理解しようとしながら自分の個性を伸ばしていく。 書道には、人生と似た要素がたくさんあります。だからこそ、書道は人生だと思っています。 Yuna Okanishiさんのアートを購入する場所 TRiCERAでは、Yuna Okanishiの作品を多く取り扱っております。他の日本の現代書家の作品に興味がある方は、書道アートのページをご覧ください。

未定義の真実を求めて; 家で愉しむ抽象画 – 前編

空想する存在として 望遠鏡で、宇宙の神秘を発見すべく空を見上げたことはあるだろうか。子供たちが、何でもかんでも「なぜ」と聞いて止まないように、我々人間は好奇心がやたら強く、想像力が異常に豊かである。ほとんどの文明では、神々もしくは、その不在を追い求め、又、空一杯の星空に描かれた絵を見上げ、宇宙人がいるか否かを議論する。かつて、地球は平らで、海水はあの世に流れ下ると信じていた我々を駆り立てるものとは。それは、「未知」の「説明がつかない」何かへのファンタジーである。 家庭での不思議探究 今やアートは、宇宙人の存在のように、私たちが必ずしも理解し得ない稀有なものに成長した。それこそが、多くの人にとって現代アートを価値あるもの、興味をそそられるものたらしめる理由の一つでもある。日々の生活に刺激を与えながらも、家族や来客者にもリラックスしてもらえる中立的な雰囲気を演出したいのなら、種々の芸術手法の中でも、抽象画の購入がお勧めである。抽象さに不確かな真実を探求するのに飽きは来ず、他者もその美しさに安らぐことができる(いや、一緒に探究参加なら尚嬉しい)。 今回は、Anja Stemmerの抽象アート作品を例に挙げ、抽象絵画と家との相性がいかに優れているかを紹介しよう。次回はもっと多くのアーティストを取り上げる予定だが、その間、「アートを自宅にコーディネートするコツ」を予習復習したい読者の方々はこちらをご一読あれ。自宅にアート 〜お洒落な飾り方 簡単ガイド〜 いかに上手く馴染んでいるか見て取れることだろう 最も簡単なテクニックは、ひとつの色をあなたの 部屋もしくは家具から選び、アートとマッチすること すると、あれま素敵! 作品詳細は画像をクリック! ため息の出るディテールも自宅で愉しみ放題 和室に抽象画は合わないなんて誰が言った? ペアだとより一層奥ゆかしい! もっと楽しい発見が欲しい貴方、是非ニュースレターのご購読をお忘れなく。

紡ぎ出すことで描く-テキスタイルを用いるアーティスト3選-

テキスタイルの有機的なテクスチャを取り入れることは、時として生活において繊維が担ってきた服飾の歴史的な文脈を作品にもたらすことがある。麻や木綿、ウールなど素材の種類は様々であり、例えば絹であれば、古くはシルクロードの始まりであり、近代では香港の紡績工場の主役は女性であったりと社会問題に紐づき、それぞれの素材にストーリーがある。 一方でその作品の物質的な魅力にフォーカスすれば、特にテクスチャーの点だろう。工業的な進歩により衣料品が大量生産され100年は優に経った現在、その反動からか刺繍や手織物の人気が高まり、アートでも注目が集まっている。この記事ではテキスタイルをアートの応用するアーティスト3名を紹介しよう。 宮坂省吾/Shogo Miyasaka 作家の詳細はこちらから 浅間明日美/Asumi Asama 作家の詳細はこちらから Liberty Worth 作家の詳細はこちらから

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