木曜日, 6月 24, 2021
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小山登美夫ギャラリーからMAHO KUBOTAまで7月に行きたい展覧会

 新型コロナウイルス流行以前には考えられない生活を送る中、全世界の各業界で「ニューノーマル」に対応する動きが見られる。アートにおいても例外ではなく、業界で働く者から鑑賞者・コレクターも展覧会やアートフェアの中止、延期、行動制限など、コロナによる動乱によってアートとの関わり方に影響が様々に及ぼされたことであろう。

 そんな昨今、来場者に対して細心の注意を払いつつ、国内屈指の有名ギャラリーらは先頭を切って新たな展覧会の開催を決めた。今回は、小山登美夫ギャラリー、MAHO KUBOTA GALLERY、ミヅマアートギャラリーの3ギャラリーをご紹介する。

 小山登美夫ギャラリーでは7月10日(金〜8月8日(土)の期間、桑原正彦展「heavenly peach」が開催される。本展は作家にとって当ギャラリーにおける12回目の個展となり、新作も発表される。

 桑原は1990年代の後半から一貫して、「いま住んでいる環境に対する人間の欲望による変化」に着目して、作品制作をしてきた。

 進化、効率、大量生産、加工、洗浄、商品価値を求めるのに伴う破壊、汚染。60、70年代日本高度成長下の幼少期の思い出とともにある様々な変化を、奇妙な生物、ペットとしての動物、おもちゃ、風景、折込チラシの無名の女の子たちや建売住宅のイメージを通して作品にしている。

 本展のタイトル「heavenly peach」は芳香剤のような、何かが終わった後に残っている微かな香りのイメージだと桑原は言う。現代への皮肉や空虚感はありつつも、決してつき放すわけではない。「いま住んでいる環境に対する人間の欲望による変化」に着目してきた彼の作品世界に触れることで、今後の「ニューノーマル」な世界に対する自己のあり方を再考してはどうだろうか。

開催概要
展示名:「heavenly peach」
会期:7月10日(金)〜8月8日(土)
参加作家:桑原正彦
会場: 小山登美夫ギャラリー六本木(​東京都港区六本木6丁目5−24 complex665)
営業時間:11:00~19:00
定休:火曜日

お問い合わせ
Web:http://tomiokoyamagallery.com/
メール:info@tomiokoyamagallery.com
SNS:https://twitter.com/tomiokoyama

MAHO KUBOTA GALLERYでは 7 月 1 日より村井祐希の個展「ゆらいむうき」を開催する。

これまで自身が発明した「オムライス絵具」の使用や「着る絵画」「動く絵画」などペインティングの身体性を独自解釈的に追求してきた村井祐希。本展では村井の鋼の実践のもとに安易な絵画論を超えた圧倒的な熱量の作品群が出現する。

絵画における「身体性」についてのステレオタイプな言説を超えた大作の「動く絵画」、そして「運動体をともなった絵画」など、規格外の作品によるインスタレーションが発表される今回の企画だが、既存の体制・構造について常にアナーキーに向きあい続けた村井の内面の一端が垣間見える展示となっている。

アートは型に押し込めることのできない境界線が曖昧なモノではありつつも、往々にしてアーティストは自己と世界との対話を繰り返しながら新たな表現を生み出してきた。鑑賞者は想像の主導権に揺らぎをもたらされながら、村井作品との深度のある遭遇を果たすことによって、新たな時代を生き切り開くアーティストの内面を理解するだろう。どうやら「ニューノーマル」な時代を生きるのにアートやアーティストから学ぶことは多そうだ。

開催概要
展示名:「むらいゆうき」展
会期:7月1日〜8月1日
参加作家:村井裕希
会場: MAHO KUBOTA GALLERY(​東京都渋谷区神宮前 2-4-7 1F)
営業時間:12:00~19:00
定休:月曜日、日曜日、祝日

お問い合わせ
Web:http://www.mahokubota.com
メール:info@mahokubota.com

 アーティスト・加藤愛(愛☆まどんな)の個展が、6月24日から7月18日まで、東京・市ヶ谷のミヅマアートギャラリーで開催される。

 本展は、6年前より制作が開始された「彼女の顔が思い出せない」シリーズを中心に構成されている。「目を閉じると自分がどんな顔をしていたか思い出せない」という、アイデンティティと密接な関係である顔との乖離をきっかけに、現在の顔をある種記録的に描写する。現在の「今顏」を残し、自分と対峙するために製作された同シリーズは代表作となった現在も、「彼女の顔が思い出せない」シリーズを加藤は変わらぬ姿勢で製作している。

 本展のタイトルは、コロナ禍によって中止されたアートフェア東京に展示予定だった作品が行き場をなくして部屋の片隅に置かれている姿が、いまの情勢を表しているように感じ名付けられたという。作品と現在の生活状況とを見比べることによって、鑑賞者は感じ入るものがあるだろう。

開催概要
展示名:「ひあたりのわるいへや」展
会期:6月24日〜7月18日
参加作家:加藤愛
会場: ミヅマアートギャラリー(​東京都渋谷区神宮前 2-4-7 1F)
営業時間:11:00~19:00
定休:月曜日、日曜日、祝日

お問い合わせ
Web:https://mizuma-art.co.jp/
メール:gallery@mizuma-art.co.jp

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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星座の歴史は今から約5,000年前にまで遡るという。 メソポタミアの羊飼が星空を見上げながら、星々を結び作られたというそれは、古くから我々人類が宇宙に漠然と惹かれてきたことの良い証拠だろう。 アートにおいても星空や星座を題材としたものは散見されたが、今やアポロ11号の月面着陸から50年以上。サイエンスの力によって、宇宙の秘密が徐々に解き明かされつつある今、宇宙を題材にした作品もまた変化したのか? 内藤博信/Hironobu Naito 日本人に限らず、また人間の今昔に関わらず、ひとは月に心奪われてきた。内藤は月に憧憬する人間の心情を、岩絵具で叙情性たっぷりに描く。 彼は、ふと見上げた空に月が輝くのを見たときに、自分の生きてきた時を振り返り、心の「静寂」を感じるという。粗めの絵具を用いて描かれる青い月は鑑賞者に穏やかな静寂が訪れるだろう。 作家の詳細はこちらから 椛田ちひろ/Chihiro Kabata 黒色ボールペンでインクジェット紙などの上に不定形なかたちを描くことで知られる椛田。ボールペンの動きは繊細かつ力強く様々な対象を描く。 宇宙に点在する惑星は、観察されるものから人間のイマジネーションの加工を施すことによってアウトプットされてきた。しかし、椛田の「惑星」はとても存在し得ないと思われるような抽象的な形状をしている。しかしその観念的とも言える表現には「見知らぬ」こその未知の魔力潜んでいる。 作家の詳細はこちらから 前川奈緒美/Maegawa Naomi 前川は星の性質、自分の創作を同一化させる。 「星は自身の最期を迎える時に、自身で自分の中枢に向かって物質を破壊し、爆発し、元素を撒き散らし、その存在が消えるらしい。私自身、自分の中枢、わたしを知りたいと想い続け絵画を描いている。」「すべては繋がっている。」と語る前川の作品はエネルギーに満ち満ちているようだ。 オイルバー(油絵の具と蜜蝋で固めた物)や時に自身の手指も筆の代わりに使用し、身体とキャンバスの一体化を図る。 作家の詳細はこちらから 宇宙は言うまでもなく広い。広さが分からないくらいに。科学がいくら育とうと、少なくとも今現在、その全てなど知り得ないかもしれない。しかし、だからこそ、今後も人類最大の浪漫であり続ける宇宙に想いを馳せずにはいられない。

アートの外、そして中。アウトサイダー・アートの作家たち

アウトサイダー・アートとは1972年に美術評論家のロジャー・カーディナルによって提唱されたこの概念。言い換えるならば、正規の美術教育を受けていないアーティストによって制作されたアートを指すテクニカルタームと言える。  型破りで自由なスタイルのアウトサイダー・アートについて、本記事ではACMギャラリーが取り扱う作家を紹介していく。 藤橋貴之/Takayuki Fujihashi 1963年生まれ。20歳になって、新明塾の仲間と出会い絵を描く楽しさを知りながら、自分の世界を広げる。 20代、30代は染色、クリーニング屋さんなどで実社会経験も積み、真面目で着実な仕事ぶりは評価される。その後、一時期工房ソラに入所、さおり織や陶芸の絵付けなどでその造形感覚を発揮する。現在は自立を目指して一人暮らしをしている。 作家の詳細はこちら 神楽谷/Kaguratani 1971年生まれ 岡山県津山市在住。常に自分の興味のあるものにアンテナを張っており、興味あることを形にしたいという思いは強く、油絵、水彩画、デザイン、オブジェなど、興味の赴くままに作品を作っていく。いくつもの作品が同時進行で制作されており、アトリエには制作途中の作品が多くある。 作家の詳細はこちらから XL 1967年生まれ。2006年より「NPO法人スウィング」に所属。中学卒業後、左官屋に就職するも激しい「いじめ」にあい速攻で退職、推定15年に及ぶ引きこもり生活を経験する。芸術創作活動「オレたちひょうげん族」、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」等、多方面に渡ってスウィングの「仕事」を中心的に牽引中。 作家の詳細はこちらから 寺井良介/Terai Ryosuke 1985年生まれ。野球への情熱は、動物や身の回りにあるものを次々と野球の世界に引き込んでいく。一見すると無関係に思えるものも、元をたどると実は野球を発端に飛躍している。 作家の詳細はこちらから 松本寛庸/Hironobu Matsumoto 1991年生まれ。2〜3歳の頃から絵を描き始め、3歳で高機能自閉症と診断された。彼の作品は、その時の興味や関心を反映したものが多く、自分の考えるイメージに変えて描く。色鉛筆も300本、水性ペンも100本ほどの中から迷うことなく色を選ぶ。定規や消しゴムや修正液などは一切使わず、緻密で繊細で色彩豊かな作品が多い。 作家の詳細はこちらから 世界で評価の兆しが見える日本初アウトサイダー・アート。奇妙にも思える作品は、しかしその内面性故にボーダレスなパワーを持つのだろう。

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