木曜日, 6月 24, 2021
Home News ドイツのアートメディアがコンテンツを無償で提供

ドイツのアートメディアがコンテンツを無償で提供

Gruner + Jahrが運営するドイツの老舗美術雑誌 Art – Das Kunstmagazin は、自らのウェブサイトにて自社発行の雑誌約40冊あまりをオンライン上で無料提供すると発表した。

Das Kunstmagazinは1971年創刊、主に現代アートのジャンルを撮り扱う。メディア活動のほか、有力なキュレーターを顕彰するコンテストの開催など業界へのコミットメントは高い(同賞からはフランクフルト・アム・マインの近代美術館の館長 スザンヌ・プフェッファーが出ている)。

Art – kunstmagazinの最新号
出典:https://www.art-magazin.de/heft/107-art-04-2020


同誌の編集長であるティム・ゾンマーは「素晴らしい写真と巧緻かつ平易なテキストによって読者の家庭にアートを届けることは、常に私たちが強みとしてきたこと」とコメント。このプロポーザルと自分たちの本分が合致している旨を語った。

今回の取り組みは現況の新型コロナウイルスによる美術館、ギャラリーの閉鎖などアートへのディスアクセスな状態が続いていることへの対抗策の一つだ。ドイツのアート業界も日本そしてその他の国々同様にウイルスの二次的被害を受けている。

ドイツといえば最近では約500億ユーロのアーティストやフリーランサーへの経済支援を発表して注目を集めた。のみならずグリュッタース外相による「アーティストは(民主主義社会にとって)必要不可欠名ばかりではなく、生命維持に不可欠」という言葉も喝采を受けた。

ティム・ゾンマー(編集長)
© Henning Kretschmer

さて、もちろん日本でもオンライン・ビューイングの配備をはじめとしたwithコロナへの対応策が進んでいる。「新しい状況には、新しい道具」をということだろうか。それも大事だが、今回のArt – Das kunstmagazinのように持ちうるリソースの活用を工夫する方向も考えてもいいだろう。こんな時だからこそ、20年前の展覧会、あるいは雑誌などをプレイバックしても面白いかもしれない。

参考:https://www.art-magazin.de/

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

Most Popular

You Might Like

Delta N.A – 芸術の自由の中の二つの魂

1つのキャンバスに2つの異なる魂をマージ - また、Delta N.Aとして知られているデュオアーティストネバエポックとアレッサンドロ-ヴィニョーラは、同じキャンバスに一緒に彼らの感情的な融合を表現する能力を開発しました。 心理学者としてのキャリアをスタートさせた時に、アートは自分たちに喜びを与えてくれるものだと気付いたという。それ以来、肖像画や具象作品を制作し、2008年には初の個展を開催し、世界に向けて作品を発表する勇気を与えてくれました。国際的な現代アートシーンに自分たちの作品を持ち込み、ヨーロッパ、アメリカ、アジアのギャラリーや美術館でグループ展や個展を多数開催。以来、彼らの作品は多くのプライベート・パブリック・コレクションに収蔵されています。 Delta N.Aの表現は、人間や自然の象徴的な構造物に幾何学的なサインが重なったユニークなものです。彼らのアーティスティックなインスピレーションは、現代人の内なる二項対立から解き明かされます。 See More Of Delta N.A's Artworks

目にも眩しい新進気鋭のデジタルペインター

デジタルペインティングは現代アートの一部として考えるべきなのか?もちろん、疑いの余地もない。確かにキャンバスと油絵具やアクリル絵具のようなリアルな材による従来の芸術とは異なるが、それでもやはり、描画や構図などの芸術的なスキル、そして何よりも創造性を必要とします。  また、デジタル絵画は、従来よりも更にタイムリーに現在の世情を反映することができる。当時の王侯のリアルな肖像画や戦争のキュビズム解釈など幅はあれど、常に歴史の鏡や視覚的な記録との役割を担う事実も、芸術の一つの重要な要素である。2020年は多くの無視できぬ出来事が続いており、より一層デジタルアーティストがこの前例のない年を描き出している。 デジタルの作品は、ほとんどがプリントで手元に届き、自明の理として立体的な質感や、 "オリジナル "の実感には欠ける。しかし、その一方で、特徴的なクリーンな線や想像を絶するような色使いを実現することができる。文頭の問いの答えは、良し悪しでの問題ではなく、新たなスタイルとして認められるべき、と。あなたも、この有無を言わせぬ独創的な芸術の力に納得するはずだ。 Le Thai Huyen Chauo  新興のサイケデリック・カラーの魔術師。彼女はロックダウン下の日常風景を、シニカルに、終末的なディスコへと変える。 fkXrnbw 芸術のタバスコ。辛辣なユーモアとシュールレアリスムの出会い。歪んだ創造性は、あなたを「夢の中の夢」の中で目覚めさせてくれる。 SAD MARIA 心の健康への意識を促す優しいビンタ。ミニマリスティックな構成がメッセージを強調している。 이창희 とろけるようなファンタジアへの招待状 - 入り組んだディテールとパターンの混ざり合いが魅力的。

ミレニアル世代の私たちがモダンアートを買うべき理由

 私たちは、より洗練された未来を形作っています。 私たちミレニアルズは 1988年生まれの私を含めて まるで「FRIENDS」のフィービーとレイチェルの ハイブリッドのようなものです どのようにして?私たちは、フリーマーケットで買った感傷的な愛着のあるアンティークが好きなPhoebeのように、独自性と信頼性を切望しています。しかし、Pottery Barnの新品のアンティーク調の家具を選ぶレイチェルのように、人気と安全性も求めています。 私たちのハイブリッドなライフスタイルを見てみましょう。私たちはファッションのセンスが抜群で、古着屋で買ったジャケットやグッチのバッグの着こなし方を熟知しています。私たちはアナログとデジタルの技術に精通しており、スマートフォン、YouTube、ジャスティン・ビーバーがどのように私たちの生活を形成してきたかを目の当たりにしてきました。旅行にも熱心で、SNSでは何百万人もの人が撮った写真を投稿して自己ブランディングをしています。プライドパレードに参加したり、グレタ・トゥンバーグと一緒に行進したりと、人権や環境問題のネガティブな継承に取り組んでいます。そして、そう、私たちは皮肉が好きなのです。それでも、私たちは、比較的、素晴らしいことをしていませんか?私たちは確かに新しい時代を形作る洗練された心を持っています。  オーガニックを選びますか?ウォールアートも選びましょう。 私は、アートを買うことは、あなたの食料品をどこで買うかを選ぶことと何ら異なるべきではないと信じています。私たちの世代は、前例よりも私たちが食べるものを気にしています。私たちは、有機野菜や人工香料の入っていない食品を買うためにホールフーズマーケットに行きます。または週末のファーマーズマーケットで、私たちは生産者から直接新鮮な食品を購入します。お金はかかるかもしれませんが、私たちは自分自身の健康だけでなく、地元の生産者の持続可能性を促進していることを知っています。美味しい食べ物は、私たちの日常生活を豊かにしてくれます。 では、アートはどうでしょうか?フリーマーケットでは、地元のアーティストが素晴らしい絵画や手工芸品を売っているのを目にします。なぜでしょうか?私たちは、ブランド名のついた工場で作られた複製品に同じ金額のお金を使う方がいいからです。自分たちを「教養人」と呼ぶために、私たちは美術館にお金を払って、より古い世代が確立した芸術を見ることにしています。それは残念なことで、自分たちの好みのものはあまり見ないので、「自分は芸術を理解していない」と自分に言い聞かせているのです。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、家に置くことができない。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、それを家に置く余裕はないし、気に入ったものがあっても、家に置いておく余裕もない。真実は、私たちは私たちの時代の芸術を理解しているということです。それはInstagramやPinterestだけでなく、私たちの壁に私たちの多様な味をマニフェストするためにいまいましい時間です。 あなたの地元のファーマーズマーケットであるTRiCERAで食料品を買いましょう。 TRiCERAのようなオンラインアートマーケットのプラットフォームは、あなたの地元のマーケットです。アーティストが直接アートを持ち寄り、キュレーターが品質が保証されたものをセレクトする場所です。Pheobe Buffayのオリジナル作品をお手頃な価格で手に入れることができるとしたら?お気に入りの作品を毎日壁に飾って鑑賞することができます。ファクトリーアートでは味わえない筆致と繊細なディテールに、あなたはエネルギーを得ることができます。アーティストを支えるだけでなく、年々豊かになっていくとしたら?現代のアート市場は、アメリカの株式市場よりも有望であることが証明されています。あなたは文字通り見せびらかすことができるクールな投資をしています。あなたがTRiCERAでサポートしたアートやアーティストは、数年後にはオークションや美術館で見つかるかもしれません。ほら、あなたはトレンドを形成している人なのです。これが、私たちミレニアル世代とX世代の人々が、現代の美術館を再構築する方法なのです。 アートコレクターであることが意味をなす5つの例 これはフィクションです。名前、キャラクター、場所...は完全に偶然のものです。] Tracy - 28歳 - スムージーとヨガと猫が大好き。彼女のアパートは普段は散らかっているが、出会い系アプリでの自撮りやビデオチャットのためのコーナーを用意している。彼女はちょっと前衛的で、一生懸命遊ぶのが好き。 AIKA TAKAHATA, IN THE END, 32cm × 41cm https://www.tricera.net/painting/id81003010004 Dave - 35歳 - 一人目の甥っ子に甘いところがあり、二人目を妊娠中の妹エイミーのことを気にかけている。子どもの脳の発達に役立つと信じて、子ども部屋にアートをプレゼントしている。 YAMAKAWA...

“window”Shimizu Jio(MISA SHIN GALLERYにて)

目に見えないものを感じさせる現象をもたらす作品 東京のミサシンギャラリーにて、日本のアーティストShimizu Jioの個展「window」が開催されています。本展は、1966年生まれ、広島・埼玉を拠点に活動している清水慈夫の3度目の個展となります。 Shimizuは、アートと自然科学の関係性を探る実験的な作品を制作しています。彼の作品は、音、動き、光、振動などの要素で構成された現象を生み出しています。 本展では、数点の作品の中からShimizuの作品"window"に焦点を当てて展示します。"window"は、ビッグデータの原理を利用した作品です。2台のモニターが更新され、リアルタイムでTwitterのフィードを表示しています。7ヶ国語で書かれた「光」と「闇」という言葉を含むツイートが出てくると、2つの発光パネルが点滅します。あなたはどちらのパネルがより多くの光のちらつきを期待しますか?どちらの言語の方がモニターによく映ると思いますか?そう思う理由は何でしょうか?作品を見る前に、自分に問いかけ、自分なりの仮説を立ててみると、展示をより気持ちよく感じることができるでしょう。 実用的な部分では、ビッグデータとTweeterをベースにしながらも、人間界の間にある天国と地獄を描いたヒエロニムス・ボスの「地上の喜びの庭」の影響も受けています。歓喜の庭』のように、"window"の左側が "光 "に、右側が地獄としての "闇 "を意味し、中央が監視された愚かな人間世界に対応する空虚さを暗示していることに気づくかもしれません。 また、"window"とともに、Iida Hiroyukiとのコラボレーション作品"decay music"も発表します。"decay music"は、室内に設置されたシンチレーターを用いてガンマ線の放射線を検知し、それに応じて放射線の音を再生するミクストメディア・インスタレーション作品です。「decay music」は、室内に設置されたシンチレーターでガンマ線を検出し、展覧会期間中に美佐新ギャラリー内で放出される放射線の音色を再生する。作家はまだ福島やチェルノブイリなどの放射能の高い場所で「崩壊音楽」を演奏したことはありませんが、もちろんそのような都市ではエネルギーの高さから高い音を奏でるでしょう。その点、本作品は放射線量に応じて様々な音を生み出す可能性を持っており、近々どこかで次の場所で"decay music"が見られることが期待されています。 それらの時間軸の作品では、現象が起こる。目に見えないものを目に見えるものに変換するのではない。作品がもたらす現象から、私たちは目に見えないものを感じることができるのです。清水慈夫の "windows "展は6月28日よりスタートし、2019年8月10日までミサシンギャラリーにて開催されています。 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

誠実さと自己投影の絵画について。Yuta Okudaインタビュー

「自分のやっていることに嘘はない」とyuta okudaは語る。細密画と墨を用いるペインターである彼に、真摯さを何よりも最も尊ぶという制作姿勢を始め、その作品について話を聞いた。 細密画の技法をベースにした生き物のペインティングが多い印象ですが、まずは作品について簡単にご説明願えますか?-自分の作品は全て、無意識の自己投影と自己解釈がベースになっています。無意識のレベルで生き物たちの単体の作品を思い浮かべ、それを意識レベルでコンセプトワーク、例えば般若やマリリンや狛犬などにしていきます。無意識で描きたい題材は、常に花や生きもので、そこから美と醜、愛と嫉妬、生と死など相反する二つのテーマを1枚の中に表現しています。モチーフは常に生きものたちで『beautiful foodchain』コンセプトに、自然の摂理の美しさを描いています。作品の表現手法は年々、ここ数年で、線のみの計算された細密画から、墨のにじみを使った偶然性を線画で活かした作品へと変化してきていますね。環境や心の変化が大きく影響だと思うのですが。それから細かい線画を描く理由は、おそらく気質だろうと思いますね。 デザイナー出身だそうですが、アーティストになったきっかけは?-きっかけは色々とありますが、第一には、きっとアーティストになりたい気持ちが強かったからだと思います。デザイナーとアーティストとでは、全く性質が違いますから。デザイナーとしての私は「柄に力を入れる」類の、非常にクリエイティブ志向の強いタイプでした。でも商業デザイナーに個性は求められない。決まったデザインを、決まった通りに、決まったスケジュールでこなしていくことが必要。それが、思ったよりもストレスだった。だからスタートは「ただ自分の描きたい絵を描きたい」という、本当にそれだけだったと思います。 そうして、すぐに絵を描き始めたのですか?-いいえ、最初は自宅で描いているだけでした。ストレス発散の意味合いが強かったですね。ただひたすら描く。今見返すと、その頃の絵は、すごく密度が高く見える。必死というか、鬼気迫る印象という方が近いのかな。本当にストレス発散だったし、負の感情を吐き出している感じでしたね。人に見せることなんか考えても見ませんでしたね。全く、これっぽちも。言わば毒素ですから、自分の(笑)。 それでも発表活動をされた、つまりプロのアーティストとしてスタートを切ったわけですよね。-認めてくれた人たちがいたんです、私の絵を。自分のネガティブが丸出しになった絵を「いいね」と言ってくれる人たちがいた。驚きでしたね。驚きだったし、有り体に言えば、気持ちが良かった。商業デザイナーでは、そんなこと絶対にないですから。ファッションでは取り繕いをしていたけど、絵画は裸。その部分を見せて、評価してもらえたことが嬉しかった。そんな時期に友人のアーティストを見たりして、その姿に嫉妬し、「自分も」と考えました。アーティストを目指したいと思ったのは、だから嫉妬心かも。それでもやるならプロとして、趣味ではなく、生半可な気持ちは捨てようと思っていました。やるなら、徹底的にやろうと。 作品は自己投影的と仰っていましたね。制作のプロセスは、当初から「無意識→意識」のように定まっていたのですか?-最初の頃は、もうひたすら描く、に尽きますね。平均したら1日15時間くらいかな。3日間描いて半日寝るとか、とにかく吐き出そうと思って。溜まっていたもの、湧いてくるものを全部吐き出したら、ようやくコンセプトが見えてきた。それが「自己投影」。ファッションとは逆ですね。そっちではコンセプトメークが先にあって、そこから組み立てていましたけど、私がアートでやっているのは自分自身を発見していくこと、つまり一番正直な自分を出すこと。どれだけ裸になれるか、どうやってその部分を引き出すかが重要になってくる。自分の経験がどういった形でアウトプットされるか、それを見てみたいんです。 ですが、ご自身の経験をベースにしているとインプットが大変じゃありませんか?-最初の3年で尽きましたね(笑)。30年の人生が、3年で底を突いた。でも、それは上澄の30年だと思っています。もっと掘り下げられると思うんです。自分の本質が何か、自分のベースが何か、この3年で自分の30年を振り返ることが出来た。3年かけて、ようやく自分が分かってきた気がするんです。だから、これから色んなものを取り入れ、新しくつくっていく。今は第二のスタートに立っている気分ですね。 最近では初期の細密画に加え、墨などを使用した作品も増えました。その変化は意図的なものですか?-私の作品は、やはり、私自身と連動しているから変わりはする。物質的にも精神的にも、昔と全く同じような絵を描けと言われても、それはすごく難しい。変わりはするけど、でも言えることは、今自分がやっていることに嘘がないということ。本当に疑問が湧かないんですね。さっきも話に出ましたけど、私の絵はいかに裸になれるか、自分に正直になれるかが重要。だから、それを基準に考えるのであれば、今やっていることに間違いがないことは断言できると思います。一方で制作や技法のことを言えば、まず大作や多作の点が課題ですね。以前は絵を描いて食べれること自体が幸せでしたが、今は目標をより上に置いているせいもあり、今後は作品の点数にも気を付けていきたい。他にも、例えば素材については常にアップデートをかけるように心がけていますね。水彩も試したし、銅版も油彩も、日本画も、あとは粘土など色々と試した。その結果、自分の性質に合うのが墨だなと。 3年間の制作と発表という形でご自身の整理整頓をして、新しい目標と課題も見えてきて、今は次のステップを目指されると。その目標は、もう具体的に見えているんですか?-私の作品は自己投影なので、やはり、将来のビジョンの全てがはっきりとはしていません。言えることは、それでも自分に嘘はないということ。制作では裸でありたいし、正直でありたい。だから自ずと出て来る自分の経験を活かしたいですね。先ほども少し出ましたが、私の絵は、無意識のレベルで言えば常に花や生きもの、その美と醜や生と死に言及しています。自分の見たいもの、見ようとしているもの、絵画として描きたい者が少しずつ明確になってきている。ようやく空っぽに慣れたので、これからは様々な経験を取り入れ、それを絵画に練り上げていく仕事が待っていると思います。多分、絵はどんどん変わっていく。今の私と、絵を描き始めた当初の私は違う。だから昔のような切羽詰まった雰囲気ではないかもしれません。でも、変わる部分があることが悪いとは思わないんです。むしろ環境や自分の変化を理解しつつ、取り入れつつ、いかに自分だけの絵画を描いていくかを考えていきたい。どう変わっても、私の場合は自分の活動に嘘がなく、疑問がなく、正直であるならば大丈夫なんです。私にとって絵は一番の裸の部分、正直な部分を見せることですから。

Don't Miss

Delta N.A – 芸術の自由の中の二つの魂

1つのキャンバスに2つの異なる魂をマージ - また、Delta N.Aとして知られているデュオアーティストネバエポックとアレッサンドロ-ヴィニョーラは、同じキャンバスに一緒に彼らの感情的な融合を表現する能力を開発しました。 心理学者としてのキャリアをスタートさせた時に、アートは自分たちに喜びを与えてくれるものだと気付いたという。それ以来、肖像画や具象作品を制作し、2008年には初の個展を開催し、世界に向けて作品を発表する勇気を与えてくれました。国際的な現代アートシーンに自分たちの作品を持ち込み、ヨーロッパ、アメリカ、アジアのギャラリーや美術館でグループ展や個展を多数開催。以来、彼らの作品は多くのプライベート・パブリック・コレクションに収蔵されています。 Delta N.Aの表現は、人間や自然の象徴的な構造物に幾何学的なサインが重なったユニークなものです。彼らのアーティスティックなインスピレーションは、現代人の内なる二項対立から解き明かされます。 See More Of Delta N.A's Artworks

上床加奈による限定エディションプリントを販売致します。

この度、TRiCERAでは上床加奈による限定エディションプリントを販売致します。 ■ 受付期間2021年1月25日(月) 13:00 〜 2021年2月8日(月) 00:00■ 当選通知2021年2月15日(月)までに当選者のみメール通知■ 応募方法応募フォームに必要項目を記載の上、注意事項を必ずお読み頂きお申し込み下さい。 【販売に関する諸注意(※1)】 (1) 作品にアーティスト直筆サイン、エディションナンバー入り。 (2) 本作品は抽選となっており、ご希望の作品が手に入らない場合がございます。 (3) エディションナンバーは選択出来ません。 (4) 作品発送は本発売(2021年2月15日予定)より約1ヶ月のお時間を頂きます(※2)。 (5) 下記の作品の仕様は制作前のものであり変更が生じる場合がございます。 (6) お一人様2点までお申込頂けます。 (7) 当選確定後のお客様都合によるキャンセルは承っておりません。 ※1 お申し込みを頂いた時点で、諸注意に記載された事項に同意したものとみなします。...

これはテストです。

これはテストです。

デジタルはリアルの対義語か?平田尚也が目指す新しい彫刻の「場所」をめぐって。

ネット上から収集した素材を、仮想空間上にアッサンブラージュして制作される平田尚也の作品は、彼曰く「彫刻」として成立している。「あくまでもトラディショナルな彫刻をやっている」という彼の、厚さも重さもない、空間上に固定されることが存在要件でもあった彫刻をアップデートするその方法論や作品について話してもらった。 平田さんは仮想空間における彫刻作品を制作していますね。厚みや重さの無い、従来の空間的な尺度が無い彫刻作品です。ご自身の活動は、あくまで「彫刻家」という認識なんですよね。 -意識的なことで言えば、自分のことは彫刻家であり美術家と呼んでいます。主眼を置いているのは”形”を追求し彫刻史の現代的な見解を考察することです。実際にやっていることは、少なくとも私の中では、これまで彫刻をやって来た人たちと変わらないと思っています。形はつくっているけれど、でもそのアプローチが仮想空間の世界であるという点しか違いがない。 預言者 33 × 27.5cm 彫刻というと物質や空間の制限を受けるジャンルと連想しますが、そのフィルターは邪魔にならなかったのですか? -現在のスタイルのように映像でアウトプットする理由は、正直、最初は定まっていなかった。定まっていない時は、大方いつも情報量の不足から来る。色々と本を読んだり、あとは教わった先生が「彫刻とは時間と空間を伴うもの」と仰っていて。その時間化と空間化を彫刻の要素とするならば、私のやっていることは彫刻の条件を満たしているなと。現在の作品のアウトプットは映像や平面としてやっているのですが、その映像という出力の仕方が、自身の彫刻表現を考える時には合っていると思いますね。 ですが、その仮想空間における彫刻というアイディアはどこから出たんでしょうか。 -デジタルでやり始めたのは、だいたい学部4年ごろから。当時のちょっとグレた先輩が3DCGソフトで遊んでいるのを見かけ、すぐさま「これだ」と思いました。当時の自分が抱えていたものを解決できると思ったし、何よりこれは彫刻がつくれると直感しました。 でも、実はそれに先行して実写映像でやっていた時期があるんですよ。通っていた学校では3年生になると自由な制作期間が与えられるんですが、その時に困ったのが素材の問題で。つまり素材を入手する資金がなかった。彫刻はお金がかかるし、その問題に直面した時、自分が扱いたい素材はほとんど除外されてしまったんです。 DINER 33 × 36.6cm その打開策が、映像だった? -そう、まさに。少しうろ覚えですが、当時影響を受けたマシュー・バーニーが自分の映像作品を彫刻と呼んでいて「なるほど」と。つまり彫刻性さえ保てればアウトプットに制限することはなかったんです。それで試してはみたんですが、しかしクオリティが低かった。失望しましたね、自分に。同時にこれではダメだと思った。もともと海外のアーティストに憧れていたし、自分もそのレベルの作品をつくっていきたかったので。そうこうしている中で出会ったのが件の3DCGソフトだったので、まさに「これだ」でしたね。 平田さんの作品はオンライン上から素材集め、つまりデジタルな既製品をコラージュ的に構成使用して制作されますね。その点は、ご自身の何の意図と結びついていますか。 -意図というより、最初は方法の問題だったんですよ。自分としては従来の彫刻家とやっていることは変わらないつもりでいますが、でもデジタルで彫刻を制作すると、あくまで見え方や見せ方の話ですが、既存の映画やゲームとの線引きが難しくなってくる。つまり、どうやって現代アートの文脈上で作品を成立させていくかが課題でした。 Ouija #2 (The Grantham Tomb) 118.9 × W 84.1cm しかも彫刻作品として。 -そう、その方法が既製品を寄せ集める、つまりアッサンブラージュだった。実際の場合、使用した素材は物質として元の場所からなくなってしまうけれど、でもデジタルの場合は基本コピーだから無くならない。使用した素材が、この世界のどこかでは残っている。それが面白い。私の作品は、つまり世界のどこかで、いつ誰が作成したのか分からないものの寄せ集めなんですよ。ある意味で、それは現代の情報の結晶のように思えるんです。そこに気がついてからはコンテキストの構築は難しくなくなりましたね。 平田さんがデジタルにリアリティを感じられるのは世代的に、ネットの成長が並走的だったこともあるでしょうか。 -確かに私にとっては石とか木材の方が距離があるかもしれない。自分自身を含めて私の世代は、ネットと同時に育ってきた。ある時代の人たちにとっては自然や都市がそうであったように。生まれた頃からテレビゲームがあるし、インターネットがあって、オンラインの世界が構築されている世代だった。だからバーチャルには親しみが持てるし、それは並列的な存在として扱える。鉄や石と同じ列で見ることが出来る素材なんです。 Ouija #5 (Penelope) 118.9 × 84.1cm その素材が存在する場所が、つまり鉄などとは違うだけで。 -まさにその通り。私が扱う素材は、木材などとは違う場所、違う次元に存在している。情報として世界中のネットという場所に所在している。その点だけなんです。作品へのアプローチやそれ自体の成り立ちは、あくまで伝統に沿っているつもりですが、でも仮想空間やその他デジタルな用語や方法はけっこう時事的だし、そこだけ切り取られてしまう傾向にはありますけど。 実際の空間と仮想空間では、存在する情報が違いますよね。重さや手触りなどがそうですが、その点から見た場合の平田さんの彫刻作品のアップデートはどこにありますか。 -アップデートかどうかはともかく、私の作品には厚みが全くない。私の彫刻は内側が虚無なんですよ。これは今までにはあり得なかったこと。厚みを伴わない彫刻なんて無かった。その分というか、彫刻にとって重要なポイントである表面性にフォーカスする必要もありますが、存在の仕方として新しい局面に立つことは出来ると思うし、そうしたいと思いますね。私の作品の本体は仮想空間にあって、展示されているアウトプットされた平面や映像はそのアバターであり、プラトン的に言えばイデアの投影。複数要素を抑えた上で、形をつくる人として何が追求できるかが、つまり今後の課題になるでしょうね。 アーティストページはこちらから:https://www.tricera.net/artist/8100587

Feature Post

共感し、生活に取り入れる-コレクションが生まれる時-

新規事業の多く携わる河本さんは、つい最近になってアートの購入を始めた。「作家さんとの対話から作品のコンセプトやメッセージに共感したことがきっかけ」と語ってくれた彼に、今回は作品購入のきっかけ、アートを買うことで得た気づきについて語ってもらった。 作品への共感性が購入の後押しになった 河本さんとアートの出会いを教えて頂けますか? -高尚な理由ではなくて恐縮なのですが(笑)、最初のきっかけは、友人に誘われて行った展覧会でした。その友人は作家をしており、初めての展示ということで会場に足を運び、そのまま作品を購入させて頂きました。 ファーストピース(最初に購入した作品)だったんですよね。 -ええ、そうです。それまでにもインテリアアートとして量産されている作品の購入経験はあったのですが、本格的なアートという呼称が適切か分かりませんが、いわゆる大量生産品ではない、一点モノのアート作品を購入したのはそれが初めてです。 前々から関心はあったのですが、購入するための手がかりもマナーも分からなかったし、「アートを買う」ということは身近なことでは無かったですね。 中島健太 匿名の地平線シリーズ 18.5 x 18.5cm アーティストの詳細はこちらから 購入されたきっかけは何だったんでしょうか。 -(購入までの距離が)縮まったきっかけは作家さんとの対話だと思いますね。作家さんのお話を聞くと、目で見えている部分の背後にもストーリーがあることを知れて、「なるほど、そう言うメッセージが込められているのか」とより深く理解できます。しかもそのメッセージと、僕自身の大事に感じている価値観との共通性を感じたんですよね。それで、思い切って買っちゃおうかなと(笑)。 家に飾ってみて良かったと思うことは、自分が共感するメッセージが込められた作品を毎日見ることになることです。その度に自分の考えを、どこか視覚的になぞる感じでしょうか。これは楽しいですよね。 コンセプトへの共感が大きなポイントになったんですね。 -メッセージに惹かれた点は大きいですね。個人的に、ビジョンやメッセージへの共感性は、普段から重視しています。例えば、前の会社に誘われた時も、そのビジョンに強く共感したことが転職の決め手でした。 上床加奈 blood6 30 x 120cm アーティストの詳細はこちらから 作品との関わりから、他に発見した点はありましたか? -アートと全く同じとは言いませんが、新規事業のマインドとは似ている点があるのかなとは思いました。ビジネスではどのような課題を、どのようなアイディアによって解決していくか、しかも具体的で解像度の高いプランが求められますけど、アートの作品一つ一つにも今までになかった発想や表現などの革新性がある。そのユニークさは似通っているのかな、と思います。 購入の際、コンセプトやメッセージ以外だと、どういう点が検討のポイントになりましたか。 -部屋との相性は考えますね。以前は友人を呼んでホームパーティーも頻繁に開催していたし、引越しも年に一回はしていたり(笑)、自宅に関してはこだわりがあるんです。昔からインテリアも好きだし、部屋と合うかどうか、これを考えることも楽しみの一つです。 アートもインテリアの延長線で考えられていますか? -いえ、また違いますね。どちらが上か下かという話ではないですが、アートの場合はメッセージを含めて生活に取り入れます。昔はインテリアアートも買っていましたが、それがあるかないかが両者の違いだなと、実際にアートを買ってみて感じました。 不動産の売買を、例えば部屋のコーディネート含めてすることもあってインテリアは結構身近なんです。だからインテリアももちろん好きですが、それぞれはまた違った軸で楽しむものかな、と。アートは機能的じゃないし、かと言ってビジュアルだけの話でもない。物の部分だけではない、作家さんの考えていることやそのメッセージ性も鑑賞出来るところは面白いなと考えています。 初心者にもアクセスしやすいプラットフォームの重要性 興味が出てくると新しい作品を探したくもなると思いますが、いかがでしょう。 -それはありますね。ただ一方で情報の問題もあるのかな、と。どんなアーティストがいるか、どんな展示がいつ・どこでやっているのかという情報の取得が難しい。取りに行かないと得られないというか、自然には入って来ない。もちろん業界的な情報網はあるのでしょうけど、外からではなかなかアクセスが難しいなという印象がありますね。ギャラリーも友人に紹介されるまで、行きづらく感じていました。 アートフェアにも参加したのですが、そこでは結局、買いませんでした。確かに参加しているギャラリーや出品されている作品の数は多かったのですが、欲しい作品には出会えなかった。作家さんと話す機会があまり持てなかった点もあるかもしれませんし、欲しい作品と予算が合わなかったこともあったり。何というか、諸々の条件にマッチした作品を探すことは難易度が高いのかな、と。初心者だと尚更かもしれません。買いたいけど探し方がわからない、みたいな。購入者としても参入障壁が高い印象ですね(苦笑)。 曾超 KK190612 53 x 53cm アーティストの詳細はこちらから 情報量の点ではネットの活用にもアドバンテージがあると思いますが、オンラインのアート購入についてはどう考えていますか? -価値の担保がハードルの一つだと思っています。インテリアならイメージやブランド、価格や自宅との調和感を指標にしますけど、アートにはより高度な情報が欲しいなと思いますね。 昔オンラインの英会話を受講していたのですけど、講師のプロフィール欄にはテキストだけじゃなくて動画もあったり、提供してくれる情報が多くて助かった覚えがあるんです。アートにもそういった工夫があってもいいかなとは思います。 「作品のメッセージ性が重要」という点と繋がりますね。 -そうですね、画面に表示されたイメージの奥を期待してしまう。あくまで僕個人の話ですけど。この色はどういう意図があって使っているのか、この線はどうしてこうなのかとか、作品の価値が伝わるより深い部分の情報は気になってしまいますね。 A.C.D Corbusier's Cyclone 51 x 61cm アーティストの詳細はこちらから 作品性の部分の他に、例えば河本さんは不動産の売買などもされていますが、アートにも投機的な目線を持っていますか? -なくはないですが、資産性を強く意識するほどの高額な作品はまだ買ったことがありません。もし購入する作品が何百万円となれば、その時の心持ちとしては、「投資にもなるし」というのは強い後押しになるかな(笑)。決して無駄遣いじゃないんだ、と。あくまで僕個人のレベルの話ではありますけど、出せる金額が一桁増えるかなとは思います。 今後、コレクションや購入のプランはありますか? -もちろん、良い作品と出会えればとは考えています。自分の目を肥すことも必要だと思いますね。作家さんと話をしてみて、その話が分かるくらいにはなっておきたいかな。作品の良さがもっと理解出来るようになれればと思います。

アートの外、そして中。アウトサイダー・アートの作家たち

アウトサイダー・アートとは1972年に美術評論家のロジャー・カーディナルによって提唱されたこの概念。言い換えるならば、正規の美術教育を受けていないアーティストによって制作されたアートを指すテクニカルタームと言える。  型破りで自由なスタイルのアウトサイダー・アートについて、本記事ではACMギャラリーが取り扱う作家を紹介していく。 藤橋貴之/Takayuki Fujihashi 1963年生まれ。20歳になって、新明塾の仲間と出会い絵を描く楽しさを知りながら、自分の世界を広げる。 20代、30代は染色、クリーニング屋さんなどで実社会経験も積み、真面目で着実な仕事ぶりは評価される。その後、一時期工房ソラに入所、さおり織や陶芸の絵付けなどでその造形感覚を発揮する。現在は自立を目指して一人暮らしをしている。 作家の詳細はこちら 神楽谷/Kaguratani 1971年生まれ 岡山県津山市在住。常に自分の興味のあるものにアンテナを張っており、興味あることを形にしたいという思いは強く、油絵、水彩画、デザイン、オブジェなど、興味の赴くままに作品を作っていく。いくつもの作品が同時進行で制作されており、アトリエには制作途中の作品が多くある。 作家の詳細はこちらから XL 1967年生まれ。2006年より「NPO法人スウィング」に所属。中学卒業後、左官屋に就職するも激しい「いじめ」にあい速攻で退職、推定15年に及ぶ引きこもり生活を経験する。芸術創作活動「オレたちひょうげん族」、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」等、多方面に渡ってスウィングの「仕事」を中心的に牽引中。 作家の詳細はこちらから 寺井良介/Terai Ryosuke 1985年生まれ。野球への情熱は、動物や身の回りにあるものを次々と野球の世界に引き込んでいく。一見すると無関係に思えるものも、元をたどると実は野球を発端に飛躍している。 作家の詳細はこちらから 松本寛庸/Hironobu Matsumoto 1991年生まれ。2〜3歳の頃から絵を描き始め、3歳で高機能自閉症と診断された。彼の作品は、その時の興味や関心を反映したものが多く、自分の考えるイメージに変えて描く。色鉛筆も300本、水性ペンも100本ほどの中から迷うことなく色を選ぶ。定規や消しゴムや修正液などは一切使わず、緻密で繊細で色彩豊かな作品が多い。 作家の詳細はこちらから 世界で評価の兆しが見える日本初アウトサイダー・アート。奇妙にも思える作品は、しかしその内面性故にボーダレスなパワーを持つのだろう。

ポケモンと似ている?−ペーパーアート・ストーリー Part3 完 –

解は、どちらも進化する、と。この記事は、ペーパーアートのシリーズの最終章(現時点で)であり、まずパート1&2をおさらいしてから、その進化について見るとしよう。あるいは、リンク先に飛んでみると更に面白いであろう。 パート1 - 我々が子供の頃には知っていて遊んでいたはずの紙が持つ魅力も、「大人になる」過程で忘れ、つまらない物体と変わってしまう。しかし、「紙はアートを内包するメディアムであるだけでなく、創造性の魔法を唱える素材そのものとなりうる」ことを教えてくれる紙作家らによってその魅力を再発見できる。 パート2- 4000年以上に及ぶ人間と紙との関係への追憶は、ペーパーレス時代になっても一夜にして消えるものではない。厚さ1ミリにも満たない紙は、その発展とともに信じられないほどの芸術性を宿してきた。紙は植物に由来し、生物学的なエネルギーを持つ。この有機的エネルギーこそが「芸術家と芸術を、芸術と私たちを結ぶ触媒として繋いでいる 」のだ。 今回は、ペーパーアートのまた違った一面が見るとしよう。その進化は、想像力を超えて成長するポケモンのように、我々を驚かせるやもしれぬ。しかし、アートを愛する私たちとしては「目指せ〇〇マスター!」と、つい興奮に背を押される。 進化タイプ1「ニョロボン」原点を忘れない おたまじゃくしのようなポケモン、ニョロモを捕まえたときは、緑色のカエルのような姿に進化すると確信していたものだ。しかし、最終形態であるニョロボンは青くて渦巻きを腹につけたままで、要するにオタマジャクシのままだった。同様にペーパーアートの中にも、その起源に強く忠実で、紙の原始的な存在感を声高にするものがある。オランダのグラフィックデザイナーであり、庭の設計士でもあるStuidoMieは、「PaperWork」と呼ばれるシリーズを制作している。その名の通りに、実質的に紙片と紙のみで作られる単純さにも関わらず、その見事な芸術性の進化は見る者を打ちのめす力がある。 抽象とミニマリズムのDNAから進化したと見える彼女の作品は、変貌の小さいニョロモ–ニョロボンの系譜に感じた「要素を徹底的に削ぎ落とした中にこそインパクトがあるのではないか」という問いかけを鑑賞者に残す。彼女の作品はアートの既成概念的な構造や美学にジャブを入れるようである。ミニマリスティック・アートの巨匠フランク・ステラは「目に見たものを見たままに(理解せよ)」と言うが、私は彼女の作品を庭の設計士的、自然環境的な側面から解釈せずにはいられない。(そして彼女の作品を見ているとなぜか、アメリカの前衛作曲家ジョン・ケージの音楽が耳に聞こえてくる。) もし一度でも迷路庭園に足を踏み入れたことがあれば、パターンを認識しようとしている間に、形や影に目が錯乱される事に気付いたであろう。また、植物を育てていると、その成長や天候の変化をいくら分析しても、予測できない事態に遭遇する。StudioMieの作品では、構造的に配置された紙片が生み出す不確かな影と、人工的迷路から自然森の中に迷い込む様な予測困難さを体験できる。彼女は、コロナウイルスのロックダウン中に「パターンやシステムが予期せず不安定になるとどうなるのだろうか?システムは回復するのか、変身するのか、それとも衰退するのか?」と自問し、それをPW024 / faltering patternのシンプルながら力強い作品に昇華させることに成功している。 進化タイプ2 「ギャラドス」 バリバリの肉体改造 2種類目は、無力に跳ね回るコイキングから空飛ぶ水竜、ギャラドスへの劇的なジャンプをみる様に、大村洋二朗の作品も、同じDNA(この場合は紙)からどうやって進化したのか頭をひねらされる。生命力に溢れる彼の作品だが、信じられないことに、彼の彫刻の才無くしてはただの紙切れなのだ。サイケデリックな色のトカゲは今にも獲物を捕らえんばかりの勢いで、六枚羽根のトンボは星散りばむ銀河へと舞い立つ。数々の賞を受賞した彼の想像力と技術によって、それらは驚異のペーパーアート変種へと成長を遂げた。 もちろん、古典的なキャタピーからバタフリーのような進化タイプもあるが、この広大で多種多様なアート界であなたのお気に入りを見つけて集める楽しさを、あえて奪いたくはない。自分なりの図鑑完成、〇〇マスターを是非目指して頂きたい所だ。 更なる楽しい発見のためにも、ArtClipニュースレターの購読をお忘れなく!

プログラミングは今やアーティストのツールでもあります。

 中田拓法は主に風景画を制作していますが、プログラミングの手法を絵画に取り入れるという一風変わった方法で制作しています。それは、美術を学ぶ前にデジタルメディアを学んでいたからというだけではなく、「新しいものは絵画だけでは生まれない」と語る彼が、絵画の歴史の第一線で活躍しようとしているからでもあります。もしかしたら、彼は新世代のアーティストのお手本になるかもしれませんね。 アートの前にデジタルメディアの勉強をされていたとのことですが、そうですか? - 元々はデジタルメディアの勉強をしていました。大学の美術部に入ったのがきっかけでアートにハマってしまいました。その後、デジタルメディアを専攻していたにも関わらず、表現としてのデジタルを敬遠するようになってしまいました。最終的には美大に再入学し、具象画を学びました。 風景画に力を入れている理由はありますか? - 人間に焦点を当ててしまうとリアリティが失われてしまうような気がして、昔から見るのも描くのも風景が好きなんです。人間と自然は等価だと思っていますが、絵の中の人間はどちらかというと記号のようなものだと思っています。 あなたにとって現実とは何ですか? - 私にとってのリアリティとは「死」です。ちょっと怖いような気もしますが、死の世界と生の世界のつながりを感じられるような風景を描くようにしています。物心ついた限りでは、風景には何か特別なものを感じていて、その気持ちを絵で表現したいと思っていました。 Friend Who I Hasn't Seen in a While, 45.5cm×38cm その「特別感」はどのように作品に盛り込んでいますか? -ーー絵を作り終えた後に、わざと絵を割ったりしていました。絵に工夫がなく、どちらかというと偶然の産物のようなものを目指していました。一枚一枚の作品が本当に完成するまでには時間がかかりますが、自分が目指しているものを作るにはこれしかありません。 絵の中にプログラミングの要素を取り入れているようですが、プログラミングの要素はどのようにして取り入れているのでしょうか? -ーー2018年からプログラミングの要素を混ぜ始めました。主にPhotoshopを使っていましたが、目的もなくプログラミングをいじっていると複雑さや偶然性が出てきます。イコノグラフィーは全てアニメーションにして、良い部分を切り取って画像にして、それをペインティングにしています。 目的も方法も同じですが、アニメーションを作るのは、どちらの画像が良いかを確認するようなものです。でも結局、アナログとプログラミングではtry&errorのパラメータが全然違うんですよね。 Mrs. Strage, 72.7×91cm テーマやコンセプトは重視していますか? -テーマやコンセプトは重視していません。ただ、美術史で言えば、メタファーとシンボルの関係性の問題を解決するには、今の方法が一番いいのではないかと思っています。もちろん新しい絵画を作ることを目標にしていますが、ただ描くだけでは「新しい」ものは作れない、少なくとも私はそう感じていますし、今の私の作品制作のアプローチ/プロセスはその距離を縮めていると思います。だから今振り返ってみると、デジタルを学んだことはとても役に立ったと思います。最近では、プログラミングと言語は似ていると思っているので、言語の恣意性に興味を持っています。これからもアーティストとして活動していきたいですし、世の中に新しい何かを提供することが自分の役割だと思っています。 Meeting Place, 91×116.7cm 

Editor's Choice