木曜日, 5月 26, 2022
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銀座柳画廊: 東京の洋画の道標

銀座柳画廊に足を踏み入れる
銀座柳画廊オーナーのインクルーシブミッション
日本の芸術的評価の強化
銀座柳画廊で紹介されたアートを購入する場所

銀座柳画廊に足を踏み入れる

東京には様々な文化の中心地がありますが、その中でも銀座は芸術性の高さでは群を抜いています。銀座柳画廊をはじめ、銀座には都内でも有数のアートスペースが数多く存在しています。銀座にあることを誇りとし、その壁の中での個展は、日本でのアーティストの道を永遠に変えてしまいます。

1994年から日本画家による洋画の発信基地として、ゆったりとしたモダンな空間で、ゆったりとした時間を過ごしていただけるようになっています。

ギャラリーに一歩足を踏み入れると、オーナーの野呂 好彦氏が作家の美学を個人的に評価してセレクトした、日本の現代美術家の洋画作品が目に飛び込んできます。風景やポートレート、静物などの具象的な題材を油彩で描いたオリジナルの作品が多く展示されており、独特の温かみのある表情を見せてくれます。

風景画の岡野宏、フレスコ画の有田巧、肖像画の廣田稔、島村信行……これらは、野呂氏との長年にわたる強い絆から、銀座柳画廊でもたびたび紹介されてきた作家たちです。また、風刺画で人気の福永明子や精密な風景画で知られる松沢真紀など、女性作家の注目を集めています。

この他にも、最近入室した北尾玲子・ボンタンなどの新進気鋭の作家を中心に、マティス、ルノワール、ダッフィー、シャガール、ピカソ、藤田晃司などの世界的な印象派の古典的な画家や、東洋的なテーマや技法を重視する日本の著名な画家の作品を随時展示していきたいと考えています。

銀座柳画廊オーナーの包括的な使命

野呂さんのアートへの情熱は、ギャラリーの金銭的な成功だけではありません。野呂さんは10年以上前から「銀座ギャラリーツアー」と称して、銀座の画廊で同時に開催されている展覧会を案内し、アートにしかない創造と発見への情熱を取り戻すことを目的としたイベントを開催しています。

ツアーではどうしても競合する画廊に足を運ばなければならないが、野呂さんは「日本のアート産業を活性化させること」を最終目標にしているため、顧客を失う可能性を気にしていない。銀座の豊かな芸術文化を継承していくためには、多様性が重要だと考えており、その多様性をアートコレクターと共有するために、他の画廊の存在を歓迎している。

日本では、個人で美術品を収集することはあまり一般的ではありません。家にアートがある家庭は全体の3割程度と言われています。私は日本人の心に個人的なコレクションの考え方を植え付けたいと思っています。欧米では逆で、美術品がない家庭は珍しい。だからこそ、私のギャラリーでは質の高い作品を集めるようにしています。

あるお客さんから「アートのおかげで自殺願望がなくなった」という話を聞いたことがあります。本当のアートは、見る人の心に直接語りかける力を持っています。もっと多くの人にアートを体験してもらいたいと思っていますので、私のギャラリーでは優れた技術を持つアーティストを紹介し、日本のアート界を盛り上げていくことに力を入れています。

野呂さんが日本の芸術文化を盛り上げたいという思いの背景には、彼の生い立ちがあります。美術商の家系に生まれ、美術の美しさに囲まれて育った野呂さんは、その人生経験を誰かに伝えたいと考えています。

3歳の頃、両親に連れられて、小磯良平のアトリエや軽井沢の脇田和や伊藤清長など、時代を代表する洋画家の多くの名画家や芸術家たちと長い時間を過ごすなど、恵まれた環境の中で、私は絵の師匠や芸術家たちと出会うことができました。私の家の伝統では、一族の一人一人が芸術家との強いつながりを築いていたので、とても親しくさせていただきました。

野呂さんは、生まれながらにして様々な意味で芸術鑑賞の才能を持っていたが、日本文化によくあるような家業を継ぐことを両親に頼まれたことはなかった。大学を卒業して商学部を卒業した野呂さんは、最初は大手商社への就職を考えていた。就職活動をしているうちに、美術業界が自分を呼んでいることに気づき、日本とフランスで活動を続ける国際的なギャラリーのディーラーとして働き始めた。その後、家業を継ぎ、数年後には銀座のギャラリー梅田東京店の店長に就任。3年間のギャラリー経営を経て、東京のアートシーンの中心地に独立することを決意。

優れた作品に囲まれた生活で培われた美術の知識を武器に、優秀な画家を集め、日本の芸術家の新しい拠点を作った。

日本の芸術的評価を高める

野呂氏は、日本には国際的に注目されるべき優秀なアーティストがたくさんいると強く信じています。その最大の障害の一つは、日本政府によるアーティストへの支援の不足と、芸術作品を購入する際の税制上の優遇措置の欠如だと考えている。そのために、野呂氏は日本のアーティストを代表して政治家に積極的に働きかけています。

しかし、野呂氏は希望を信じている。2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博を控え、アーティストとそのアウトプットを支援する動きが活発化している。この2つの国際的なイベントは、日本のアートにとって分岐点になるかもしれません。すでに香港では、日本のアーティストの現代アート作品がオークションに出品されるケースが増えてきています。

国際的に見ても、日本のアートマーケットは未開拓の可能性を秘めています。日本はアジアで最も長い洋画の歴史を持つ国であるため、様々なスタイルのアーティストがまだ発見されていません。日本の伝統工芸文化の豊かさも、日本のアートシーンが国際的に注目される理由のひとつです。

銀座柳画廊で紹介されたアートを購入するには

このエキサイティングな時代に、野呂氏と銀座柳画廊は国際的な成功のチャンスを待っています。日本の現代美術を世界に発信することを使命とし、日本の現代美術を世界に発信していくために、野呂氏とのパートナーシップを誇りに思っています。

銀座柳画廊への行き方

営業時間

月~金:10:00~19:00
土曜 11:00 – 18:00
駿台・祝日。定休日

住所

104-0061 東京都中央区銀座5-1-7 数寄屋橋ビル3F
TEL:03-3573-7075 FAX:03-3573-7076

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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 1560年代、イギリスの北カンパ-ランドのボロ-デール鉱山で良質の黒鉛が発見された。  その黒くなめらかな性質が注目されて、細長く切り、にぎりの部分をヒモで巻いたり、木で挟むなどして筆記具として使われるようになったのが鉛筆である。  その鉛筆によって描かれるのが、鉛筆画であるが、紙と鉛筆さえあれば作品として成立することからその裾野は広い。さらにその性質から必然、似た作品が多くなってしまうが、反面現代のアーティストは有象無象から突出するため独自の表現を模索している。 本記事では、モノクロから織り成される鉛筆アートの最前線をひた走るアーティストを紹介しよう。 土田圭介/Keisuke Tsuchida 作家の詳細はこちらから ファルク・アダン / Farrukh Adnan 作家の詳細はこちらから クニカタ・サユミ / Sayumi Kunikata 作家の詳細はこちらから 永田治子 / Haruko Nagata 作家の詳細はこちらから 柏倉風馬 / Fuma Kashiwagura 作家の詳細はこちらから フジタタカシ / Takashi Fujita 作家の詳細はこちらから

指先と紙、そしてアーティスト。-ペーパーアート・ストーリー part 2-

作品の詳細はこちらから アート素材としての紙のユニークさを説明したペーパーアートのシリーズ part 1を未読の方は、ぜひこちらからご一読あれ。 紙と人類の蜜月関係 今回は少々の雑学から始めるとしよう。 考古学の研究によると、紙は紀元前100年頃の中国で発明され、以後は文明の片棒を担いながら発展してきた。「紙」という言葉の語源は、エジプト文明で使われた厚紙状の筆記媒体「パピルス」にあり、起源はなんと紀元前2560年~2550年までさかのぼる。 2020年現在、デジタル技術の隆盛により私たちの紙に対する愛着は薄れている。とは言え、それでも一夜にして紙文化が消滅することはありえない。例えば、メールやLINEにZoomで全てが済む時代でも、年賀状や結婚式、誕生日などの機会には未だに手紙を出すし、軽くて薄いタブレットひとつに何百冊もの本が入れども未だに、重くてかさばる紙の本を買う人も多い。時代遅れにも思えるこの素材と私たちを結びつけるのは、人類として記憶に刷り込まれたアナログさ、つまり紙への郷愁なのだ。 いくら世情が変わろうとも、4,000年以上にわたる人と紙との蜜月関係は、今もなお世界中で続く。筆者が滞在しているフランス、全国で年に数回開催される骨董市は大変な人気なのだが、特に人の興味をそそっている品は数十年前に書かれた手紙であったりもする。美しく手書きされたはがきや手紙は黄ばんでいるが、そこに記された心情は今も生々しい。インクのにじみや筆跡に、書き手の迷いや興奮が色あせる事なく見られる。 作品の詳細はこちらから 薄くても丈夫な和紙は、筆と墨に適合し発展してきた。その美しい風合いから、和明かりや障子など、家具にも使われるのはご存知の通り。古くには、神道のお供え物の包装材として使われた事に始まり、儀礼折として、折り方や折り目の知識が高位の武家教育の一環となっていく。江戸時代になり、今日私たちの知る「折り紙」遊びとして一般に広まった。若輩の私も日本で育った身、書道を嗜み、折り紙を作り、紙飛行機を飛ばし友人と遊ぶ中で、常に日本の上質な紙に慣れ親しんできた。 作品の詳細はこちらから さて、アートにおいて、「アナログ」媒体である「紙」はいかに重要なのだろうか?インドを拠点に活動するビジュアル・アーティスト、Janaki Leleは、ハンドカットによる切り絵を通して物語を紡ぐ。「Telepathy」と言う作品には詩が添えられ、彼女は「エネルギー網は目に見えない線を通り...、二つの心をつなぐ...、私のこと想ってくれていたの?実は私もあなたの事を考えていた所なの。」とささやく。なるほど、私たちの脳をつなぐのは、目に見える電力ケーブルという現代的なエネルギーだけでないのだと、改めて他人とのつながり方を考え直させられる。私たちが思考を表現する営みは、凧や鳥を空の流れに解き放つ様。この流れが、私たちの頭の中にある風車や水車のタービンを回し、相互作用のなかでエネルギーを生み出す。どうやら、テレパシーのような繫がりは、このアナログなメカニズムで同調している時に起こるであろう。 作品の詳細はこちらから もう一つの作品「Star Catchers」には優しくも朧げな夢物語が描かれる。友人の子と、窓を通りすぎる夕日をつまんで遊んだ時間から着想を得たと言う。これらの物語は全て、シルエットとわずかな奥行きを利用し、たった一枚あるいは数枚の紙の上で繰り広げられる。わずか数マイクロミリメートルの厚さの紙に、すべてのドラマを受け止め伝達するキャパシティと可能性が秘められているとは驚嘆だ。なぜそんな事が可能なのか。それは、紙が有機的な存在であることに秘密があろう。思考とコミュニケーションが有機的に形成される様を見たように、生物学的エネルギーが人間と紙のアートの間で相互作用しているのだ。紙が触媒として芸術家と芸術を、また芸術と私たちを結びつける。 作品の詳細はこちらから 日本を拠点に活躍する百鬼丸は、これまでに1万点以上の作品を手がける多作の切り絵作家として、侍たちを21世紀の世界に紙で躍動させてきた。彼の描く線にはまるで日本刀のような切れ味の良さが際立つ。日本の歴史小説の表紙デザインを多く手がける彼のモチーフは、武士や忍者が活躍していた時代のものが多く、その大胆な構図は、浮世絵の躍動感とマンガのキャッチーさを併せ持つ。これらの要素と、生き生きとした人物描写が相まった彼の作品には生命力が溢れている。有機的な紙にその生命を宿す包容力があることは言わずもがなである。 作品の詳細はこちらから 彼の作家活動は、作品と同様にパワフルだ。平面・立体の切り絵アートを制作するだけでなく、テレビ出演、日米仏での展示会、そして興味深いことにライブで切り絵パフォーマンスも行うと言う。彼の武者デザインが施されたマスクも販売されているそうで、ウィズコロナ時代には頼もしい限りだ。百鬼丸は大学で建築を学び、その後陶芸の修行をしたりと、まるで浪人侍のようなキャリアを歩んできたやも知れぬ。しかし今、日本切り絵界の先鋒として自らのキャリアを切り拓き、後進に道を描き示す。  https://www.youtube.com/watch?v=yDVpG4p948E&feature=youtu.be TRiCERAでは今後もアーティストの情報をお届けしていきます。切れ味鋭い知見や味わい深いコラムをもっと読みたい方々については、ArtClipニュースレターの登録をお忘れなく。

国立新美術館での展覧会「イメージ・ナラティブ」国立新美術館で開催される「日本の現代美術における文学」展について

Keizo Kitajima, TSILCARL VILLAGE ARMENIA (From the series USSR 1991), 1991/2019, Pigment print 66.0×93.0cm Collection of the artist ©KITAJIMA KEIZO 2019年8月28日から11月11日まで、国立新美術館東京では、日本の現代美術作家6名によるグループ展を開催します。展覧会のタイトルは「イメージの物語」。日本の現代美術における文学」。タイトルの通り、日本の現代アートシーンにおける文学的表現に焦点を当てた展覧会です。出展作品には文学的な要素が共通しており、詩のような比喩的な表現がなされています。直接的なメッセージを表現するのではなく、作品の中の時代や場所、人物を想像することを示唆している。 国立新美術館の展覧会公式発表によると、古代ローマの詩人ホラーチェの『アルス・ポエティカ』に由来する、「絵画も詩であるように、詩も詩である」という意味の「Ut pictura poesis」という言葉があります。この言葉は、絵画(視覚芸術)と詩がいかに密接に結びついているかを説明する際によく引用されます。 今回紹介する6人の日本人現代美術家は、1950年代生まれの北島敬三から1980年代生まれのミヤギフトシまで、年齢も様々だ。美術館に入ると、まず第1室を占めるのは、国内外で活躍する田村友一郎氏。部屋全体が「幻覚」をコンセプトにした彼の新作「スカイアイズ」となる。作家は、日本でいう "幻覚...

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