木曜日, 5月 26, 2022
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日米を代表するアーティストが東京でデュオ展を開催

国際的に活躍するアーティスト、Yuko MohriとDavid Horvitzのデュオ展「夏の雨」がSCAI THE BATHHOUSEにて開催されます。

Installation view of “summer rains” (2019) by Yuko Mohri and David Horvitz
at SCAI THE BATHHOUSE, Tokyo. 
Photo by Nobutada Omote
Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

SCAI THE BATHHOUSEで初のデュオ展を開催するYuko MohriとDavid Horvitz。二人はパリで会話を交わし、夏の雨には様々な顔があることを語り合いました。このような雨についての議論の機会を得た後、二人は水と雨の研究に焦点を当てます。夏の雨には雨、雷雨、七夕の雨など様々な顔があるのではないかとのことです。その結果、「夏の雨」というタイトルで作品を発表することになりました。

(Left )Yuko Mohri, More More: Showcase #1, 2019, 185.5 × 151.5 × 46 cm
Wheel, drum. washtub, bell. funnel, pomp, LED, soft-cream cup, water, etc.
(Right)Yuko Mohri, More More: Showcase #2, 2019, 95.5 × 120 × 45 cm
Bucket, PET bottle, pump, whisk, LED, water, etc.
Photo by Nobutada Omote
Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Yuko Mohriのメインテーマの一つに水漏れがあります。特に東京メトロの駅構内の水漏れは頻繁に発生しているが、ほとんどの人が通り過ぎるだけである。「夏の雨」では、「モレ・モレ(水漏れ)」など、初期のキャリアの中でのインスピレーションの源となった作品も発表しています。と「モレモレ(漏れ)。東京」です。Mohriは、アートの一形態として、エネルギーの回路を考案し、インスタレーション作品の中で自分の装置が再生されるようにしています。Mohriはアートの一形態として、エネルギーの回路を工夫し、装置が自分自身で再生するようなインスタレーション作品を制作しています。Mohriはパリ滞在中にも水漏れ事件を起こしています。“The Water Fall Given”はその作品です。

David Horvitz, you, cloud, rain, fog, puddle, sea, ocean, pond, dew, river, stream, glacier, mist, creek, snow, lake, vapor, 2019
Dimension Variable,Stamp
Photo by Nobutada Omote
Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Mohriとともに、アメリカのDavid Horvitzが 主に時間や距離などの概念を巧みに操り、ウィットに富んだ詩的でコンセプチュアルなアートに変換していく彼の作品は、「夏の雨」というテーマでも発表されています。本展の作品の中でも特に「切手」は、「夏の雨」をテーマにした作品の中でも特に目を引く作品です。 人々の目を楽しませてくれます。雨や川、海など様々な水の状態を表現したスタンプや、「あなた」を表現したスタンプを紙に貼って、観客が自分のための詩を作れるようにします。

Mohriが人間が利用する空間であるアーティファクトの中で起こる自然現象のサイクルに着目しているとすれば、Horvitzは水と海と人間との関係性とその意味を見出すことに着目しています。”When the ocean sounds”は、人間の血液と海水の成分の類似性について書いた海洋生物学者レイチェル・カーソンのアイデアに触発された作品です。人間と水の間に比喩的な関係をもたらすための彼の別の試みは、彼の作品“スタンプ”にも見ることができます。Mohriが管理された環境下で水を研究しているのに対し、水はオープンな環境の中で発見されたものであり、水、雨、現象と人間に対する彼らの微妙に異なるアプローチが本展の面白いところである。展覧会自体はもちろんですが、Yuko MohriとDavid Horvitzという世界的な二人のアーティストが一緒に作品を発表するという点では、今東京で起きている現代アートシーンの中でも注目すべき展覧会だと思います。 会期は2019年7月19日から9月7日まで、夏休みの締めくくりは2019年8月4日から19日までです。SCAI THE BATHHOUSE https://www.scaithebathhouse.com/en/

記事を書いた人:Jeongeun Jo
韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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 国内での数々の展覧会を行い、2019年にはスロベニアにて行われたアーティスト・イン・レジデンスに参加。ヨーロッパ圏のアーティストと共に制作と展示を行うなど、精力的な活動を行う藤野真司。アーティストになるに至った経緯、光を扱う作品をめぐる思索までインタビューを行った。  ガラスやアクリルに透明な筆跡を施し、作品が置かれた場所の光によって視覚化される《光の標本》シリーズ。藤野の代表的シリーズである当シリーズは「光が我々に何を見せてくれるか」をテーマに制作が行われている。光に対し特別の関心を抱く藤野であるが、はたして彼にとって光とはどのような存在なのだろうか。次のように語った。 「光は場所に関係なくどこにも存在し、鑑賞者の内面的な在り様によって様々なとらえ方ができます。」  人間にとって、切っても切り離せない普遍的な存在でありながら、捉えどころない光。藤野はジェームス・タレルのように光をマテリアルの一つとして取り扱うアーティストに影響を受けたという。そもそも藤野がプロとして創作の世界に足を踏み出したキッカケも光に関連するものだった。  「美術系高校と美大でアートを学び、卒業後はキュレーターとして活動していましたが自分自身が『理屈で考えること』に囚われてしまい、とても窮屈な状態を過ごしていました。そんな中、旅行をした先で室内に射し込む美しい自然光を見てぼんやりと眺めているうちに『理屈で考えること』から離れ開放的な気持ちになることができました。」  藤野によってターニングポイントとなったこの原体験。ある種の天啓を受け取った存在が光であったのだ。また作品性に反映されている藤野のバックグラウンドとして、もう一つ興味深いエピソードを語った。  「私の実家は小さな宿屋を営んでいました。幼少期から絶えず外から人が訪れ、また送り出すという循環の中に身を置いたことで『人は多様だ』という事を感じ取りました。」  作品単体だけでなく、設置された環境と鑑賞者の目線によって作品体験が成立する《光の標本》シリーズ。藤野が掲げるテーマにも通底する。 「心を忙しくしている方に、作品を手に取って頂きたいです。自分が身を置く場所の光が、充分に美しいと感じて頂くきっかけになれば、とても嬉しいです。」  人の多様性を前提とした《光の標本》シリーズ。その包み込むような優しさはまさしく陽光のようである。 アーティストの詳細はこちらから 作品の詳細はこちらから 作品の詳細はこちらから 藤野真司の作品はこちらから

デジタルアート専門のアートフェアがフランスで開催

デジタルアート並びに現代アート専門のアートフェア「Contemporary and Digital Art Fair (以下、CADAF) 」は、この度新型コロナウイルスの影響を鑑み、今年の開催をオンラインに切り替えることを発表した。 2019年にスタートした新興フェアであるCADAFはデジタルアートおよび現代アートに特化した唯一のカラーを備えたアートフェア。前回はマイアミとニューヨークで開催されたが、今年は新型コロナウイルスに影響によってオフライン開催を断念、その代わりに2020年6月11日から13日の会期で、パリを拠点にオンライン開催を実施する。 デジタルアートと言えば、明らかにインターネットの成長と伴に開拓されてきたアートの方法あるいは媒体の一つだが、最近ではルーメン賞などの国際賞の登場などその地歩を固めつつある。イニシャルコストの低さやブロックチェーンなど最新技術との相性の良さもアドバンスの一つだろう。 今回、CADAF サイドは約50のアーティスト並びに15のギャラリーの参加を公表しているものの詳細は明らかにしていない。会場となるサイトはホワイトキューブを意識したバーチャルブースとなり、また来場者は無料で入場が可能だと言う。最高責任者のElena Zavelev氏は「デジタルアートの作家の発表のためのプラットフォームはまだ整っていない」と語るが、現況も併せ、同ジャンルの台頭は加速するだろうか。 参照元:https://cadaf.art/

Feature Post

自然現象の可視化、人間の感覚への刺激

赤松 音呂「メテオン」(ミヅマアートギャラリー) 'メテオン'は5月29日から6月29日まで開催中。神奈川を拠点に活動する赤松ネロの作品が、東京・市ヶ谷田町のミヅマアートギャラリーで展示されます。 目に見えない自然現象である地磁気の効果を主に研究している赤松。しかし、この目に見えない現象を、独自の方法論で表現しています。 自然現象を具現化することで、彼の作品は視覚、音、時間、体験を中心とした作品となり、現象学的な体験となる。 本展では、熱気化の原理を利用した「メテオン」と、地磁気の存在によって流動的に回転するインスタレーション作品「チジキグモ」の新作2点を発表します。 赤松 音呂とミヅマアートギャラリーの声明によると、人間は第六感として磁気を感じる可能性があることが近年の研究で明らかになっています。赤松はこの「地磁気」というテーマを作品に取り入れています。 熱の気化の原理や地磁気の影響を可視化した作品でありながら、五感で自由に作品や展示を感じてほしいと考えています。私たちの第六感とは何なのかはわからないかもしれませんが、本能的に何かの現象を感じることがあり、それを第六感としたいと考えています。赤松が扱うテーマを押し付けることはありません。 赤松の自動で動くインスタレーション作品は、微妙な音を出しながら動作します。目や耳といった人間の五感を刺激する作品は、私たちを目覚めさせてくれます。赤松が探求する自然現象を感じることができるかどうかは別として、慌ただしい生活の中ではなかなか感じることのできない「五感で覚醒する」という体験をしてみるのもいいかもしれません。 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

プログラミングは今やアーティストのツールでもあります。

 中田拓法は主に風景画を制作していますが、プログラミングの手法を絵画に取り入れるという一風変わった方法で制作しています。それは、美術を学ぶ前にデジタルメディアを学んでいたからというだけではなく、「新しいものは絵画だけでは生まれない」と語る彼が、絵画の歴史の第一線で活躍しようとしているからでもあります。もしかしたら、彼は新世代のアーティストのお手本になるかもしれませんね。 アートの前にデジタルメディアの勉強をされていたとのことですが、そうですか? - 元々はデジタルメディアの勉強をしていました。大学の美術部に入ったのがきっかけでアートにハマってしまいました。その後、デジタルメディアを専攻していたにも関わらず、表現としてのデジタルを敬遠するようになってしまいました。最終的には美大に再入学し、具象画を学びました。 風景画に力を入れている理由はありますか? - 人間に焦点を当ててしまうとリアリティが失われてしまうような気がして、昔から見るのも描くのも風景が好きなんです。人間と自然は等価だと思っていますが、絵の中の人間はどちらかというと記号のようなものだと思っています。 あなたにとって現実とは何ですか? - 私にとってのリアリティとは「死」です。ちょっと怖いような気もしますが、死の世界と生の世界のつながりを感じられるような風景を描くようにしています。物心ついた限りでは、風景には何か特別なものを感じていて、その気持ちを絵で表現したいと思っていました。 Friend Who I Hasn't Seen in a While, 45.5cm×38cm その「特別感」はどのように作品に盛り込んでいますか? -ーー絵を作り終えた後に、わざと絵を割ったりしていました。絵に工夫がなく、どちらかというと偶然の産物のようなものを目指していました。一枚一枚の作品が本当に完成するまでには時間がかかりますが、自分が目指しているものを作るにはこれしかありません。 絵の中にプログラミングの要素を取り入れているようですが、プログラミングの要素はどのようにして取り入れているのでしょうか? -ーー2018年からプログラミングの要素を混ぜ始めました。主にPhotoshopを使っていましたが、目的もなくプログラミングをいじっていると複雑さや偶然性が出てきます。イコノグラフィーは全てアニメーションにして、良い部分を切り取って画像にして、それをペインティングにしています。 目的も方法も同じですが、アニメーションを作るのは、どちらの画像が良いかを確認するようなものです。でも結局、アナログとプログラミングではtry&errorのパラメータが全然違うんですよね。 Mrs. Strage, 72.7×91cm テーマやコンセプトは重視していますか? -テーマやコンセプトは重視していません。ただ、美術史で言えば、メタファーとシンボルの関係性の問題を解決するには、今の方法が一番いいのではないかと思っています。もちろん新しい絵画を作ることを目標にしていますが、ただ描くだけでは「新しい」ものは作れない、少なくとも私はそう感じていますし、今の私の作品制作のアプローチ/プロセスはその距離を縮めていると思います。だから今振り返ってみると、デジタルを学んだことはとても役に立ったと思います。最近では、プログラミングと言語は似ていると思っているので、言語の恣意性に興味を持っています。これからもアーティストとして活動していきたいですし、世の中に新しい何かを提供することが自分の役割だと思っています。 Meeting Place, 91×116.7cm 

紡ぎ出すことで描く-テキスタイルを用いるアーティスト3選-

テキスタイルの有機的なテクスチャを取り入れることは、時として生活において繊維が担ってきた服飾の歴史的な文脈を作品にもたらすことがある。麻や木綿、ウールなど素材の種類は様々であり、例えば絹であれば、古くはシルクロードの始まりであり、近代では香港の紡績工場の主役は女性であったりと社会問題に紐づき、それぞれの素材にストーリーがある。 一方でその作品の物質的な魅力にフォーカスすれば、特にテクスチャーの点だろう。工業的な進歩により衣料品が大量生産され100年は優に経った現在、その反動からか刺繍や手織物の人気が高まり、アートでも注目が集まっている。この記事ではテキスタイルをアートの応用するアーティスト3名を紹介しよう。 宮坂省吾/Shogo Miyasaka 作家の詳細はこちらから 浅間明日美/Asumi Asama 作家の詳細はこちらから Liberty Worth 作家の詳細はこちらから

日本の秋は芸術とともに

 8月を過ぎればいよいよ我々を苛んできた暑さも和らぎ、いよいよ秋めいた季節になってくる。  そんな秋はスポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、、、といった具合に色々と捗る季節というのが昔からの認識らしい。ただアートファンにとっては、秋といえばやはり芸術ではなかろうか。ちなみに芸術の秋という言葉自体は他国には存在せず、日本固有のものだという。  背景として、まず一つに、二科展や日展、院展など日本を代表する展覧会が開催されること。また過ごしやすい秋の陽気は心に芸術を楽しむ余裕を生むことなどがあるとされる。  秋は月や紅葉が綺麗な季節だ。そんな季節にわざわざ絵で鑑賞することのなんと雅やかなことだろうか。さて本記事では、秋の月と紅葉を題材に描かれた日本人の原風景的作品を数点紹介しよう。 大地義彦/Yoshihiko Daichi 作家の詳細はこちらから Keiko Kobayashi 作家の詳細はこちらから Sai Seinan 作家の詳細はこちらから Edi Matsumoto 作家の詳細はこちらから 大泉沙知/Sachi Oizumi 作家の詳細はこちらから 藤川妃都美/Hitomi Fujikawa 作家の詳細はこちらから 刀根千賀子/Chikako Tone 作品の詳細はこちらから aki 作品の詳細はこちらから

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