水曜日, 6月 29, 2022
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工芸と装飾の文脈は絵画に何をもたらすか?京森康平インタビュー。

「僕の目標は時代を超えること。歴史を超えて残ってきた、人類が築いてきた装飾文化を解釈し、アップデートして絵画に変換することで、誰もが『wow!』と言ってくれる作品を創っていきたい」と語る京森康平は「装飾」を手掛かりに、藍染など日本工芸の文脈から制作するアーティスト。今回はその考えと制作について話を聞いた。

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京森さんは装飾性をコンテキストから絵画を制作していますね。まずはその辺りから伺ってもいいですか。
-私は現代装飾家という肩書きで活動していますが、歴史上に数ある装飾文化を自分なりに解釈し、アップデートすることを念頭に置いています。だから、その文脈で見れば、私の作品は絵画という形で、国や地域にかかわらず、装飾文化を新しいフォーマットで紹介しているものかもしれません。現代アート、特にコンセプチュアルな作品は、ある意味で言葉が重要です。だけど私は、少なくとも自分の作品に関していえば、目で見た時、言葉に頼らずとも感動できる仕事にしたいとは思っています。

Marni decorated flute -Edition 2/5-
27.3cm x 27.3cm

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京森さんは、一方でグラフィックデザインや服飾の仕事に携わっておられましたね。その点は、作品に影響していますか?
-影響しているし、大事な点でもありますね。色の組み合わせにおいてはヨーロッパで服飾を学んできたことが生かされていると思います。また僕はデジタルで制作するという事もあって、いかに平面絵画の枠にとどまらないかを大切にしていて、マテリアルや素材の選定、デジタルとアナログの融合など複数の技法や素材を組み合わせることで、作品の強度を高めたいと考えています。
また、日本のグラフィックデザインは浮世絵にルーツがあって、版画の技法や分業で制作するスタイルについては意識して作品に取り込んでいます。

Armani rear standing mirror -Edition 2/5-
27.3×27.3cm

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制作の流れについて伺ってもいいですか?
-まずはスケッチ、それからデジタルでシュミレーションします。素材をつなぎ合わせたりして、偶然的に生まれて来る想定外の要素は重要ですね。それからCGで作品を描き、マテリアルに応じたプリント技法で出力し、染色したり岩絵の具やU Vレジンで立体的に加工するというのが、大まかな流れです。

作品にはいくつかシリーズがあるようですが、今現在、特に重要なものはありますか?
-今は大体5つくらいのシリーズがあって、例えば『A-UN』と言うシリーズは、民族間の差別や偏見を超えることへの願いをメッセージとして込めています。もう一つ重要なのは、「JAPAN BLUE」という、藍染を使ったシリーズ。話は少し飛びますが、僕は社会不適合とか、全部個性だと思っていて。多様性な社会とは、そもそも、そうした既成の枠組みに合わない性質を取り入れたものだと思うし。だから、このシリーズでは不完全性の肯定がテーマにあって、自分では非常に日本人的だと思っていますね。

Tomollow Jewelery oar -Edition 3/5-
27.3 x 27.3cm

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「視覚的な感動」が言葉と時代を超える力になる、ということですか?
-現代アートという世界は、今までずっとコンセプチュアル・アートという、コンセプトや言葉を重視する流れが強い。しかも、欧米中心の。
それを日本人の僕が、しかもグラフィックデザインや服飾をバックグラウンドにしている僕が出来ることを探っていきたいと思います。
世界のどこにいるか、どういう仕事か、どういう民族かなどは関係なく、誰が見ても「Wow!」と言って貰える作品をつくることが時代を超えることだと思っています。

今後の展望があれば教えてください。
-今後の展望としては、日本の伝統工芸の文脈を、装飾という観点からアートに活かしたいなと考えています。
具体的には、有田焼や徳島の藍染めなど歴史と伝統が育んできた技術を日本の強みと捉え、自らが描く装飾的な絵画と融合させる。それによって作品/モノとしての価値、強度、エネルギーをより高められるのではないかと考えています。
また、それぞれの地域と共創していくことで日本の未来に残せる技術や伝統を守り、さらに進化した伝統が継承されていくことで時代を超えて次の未来に繋がれれば良いなと考えています。

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Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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"丹波焼ならではの素朴で自然な土を活かしたい" 市野勝磯 兵庫県にある「日本六古窯」の一つである丹波焼を作り続けている市野家の7代目、市野勝磯さん。今から約850年前の平安時代末期に発祥した陶器です。 1926年、日本の哲学者・柳宗悦とその仲間たちによって「民藝」と呼ばれる日本の民芸運動が始まりました。これまで美術史からほとんど無視されてきた日本の日常的な美術品や、無名の職人が作った陶器や織物、漆器などの工芸品を世界に紹介しようというもので、柳宗悦は「民藝」と呼ばれた。柳は300点の丹波焼を収集し、その美しさを伝える書物を執筆しました。柳宗悦の努力により、90年前、食器としての丹波焼の歴史がよみがえりました。丹波焼の技術を現代美術として取り入れた新しいスタイルの焼き物を発表する市野勝磯の取り組みは、柳宗悦の「民藝」運動を継続させるものとなるでしょう。 丹波焼の歴史-丹波焼職人の一族 粘土でアートを作る 丹波焼を通じた表現 シンプルな食器から現代アートまで 市野勝磯の作品を購入する場所 歴史-丹波焼職人の一族 炭酸化した「みずさし」 by 市野勝磯 丹波焼の長い歴史とは? 丹波焼の歴史は約850年前にさかのぼり、その起源は平安時代末期にまでさかのぼります。谷間の山間に窯を作り、実用的な食器を作っていました。常に時代が求める焼き物を作りながら、新しいことに挑戦し続けながら、家族に受け継がれてきました。この貴重な歴史を感じます。この時代にしか作れない、この時代にしか作れない、自分にしか作れない、自分だけの焼き物を作れるように努力しています。 20代で陶芸の修行を始める前は何をしていたのですか? 先生に洋画を習っていました。彫刻も1年間勉強していました。私が通っていた大学は美術学校ではなく、関西学院大学で経済学を専攻していました。 丹波焼の伝統的な職人の家系に生まれ、ご先祖様の跡を継いで丹波焼の作家になられたわけですが、なぜこの道を選ばれたのですか? 子供の頃は、焼き物はいつも身の回りにあったもので、あまり興味がありませんでした。しかし、20代の頃、東京で陶器を使った作品を作っている作家さんに師事しました。それに触発されて、故郷の丹波の窯で現代の焼き物を作ってみようと思いました。以来、制作を続けています。 粘土を使った作品制作 丹波焼の特徴は? 素朴な風合いの素朴な土が特徴です。丹波焼は、時代の流れとともに制約が少なく、自由に形を変えていきました。歴史的な丹波焼には、作られた時代のニーズが反映されています。丹波焼の特徴は、時代の流れを反映した焼き物であることです。 炭酸八角の「水無月」(茶道用の水入れ)市野勝磯作 丹波焼はなぜ焼き物の生産で栄えたのか?丹波焼の粘土は他の粘土とどう違うのでしょうか? この辺りは焼き物に適した粘土が豊富にあったからだと思います。鉄分の多い山間部の土です。 いつも使っている粘土はどんな感じですか? 私の作品に使っている粘土は、コップやお椀の仕上げにも使えるので、表面がとても滑らかで肌触りが良いです。 丹波焼を通しての表現 丹波焼で表現したいこと、丹波焼だからこそ表現できることを教えてください。 存在感のある、形にこだわった焼き物を作りたいです。丹波焼ならではの素朴で自然な土を活かしたいですね。もともと丹波は重厚感があり、丈夫で頑丈な焼き物という特徴がありました。丹波の土に白土を塗っています(鉄分の多い土はそのまま焼くと赤茶けた色になってしまいます)。 長年続けているのは、炭焼きという炭を使った焼き方にこだわっています。素朴で軽やかな感じがします。一言では言い表せませんが、ジャズの軽快な音にも負けない丹波焼を目指しています。 海外の美術愛好家に丹波焼を紹介する場合、国内のファンに紹介する場合と比べて、どのような点に力を入れていますか? 自然で素朴な土の丹波焼という日本のスタイルにこだわりたいですね。実用性よりも、丹波焼そのものの存在感を大切にして、際立たせたいですね。 食器や花器であれば、食べ物を載せた食器や、花を入れた花器を見せることで、焼き物の存在感をアピールしていきたいと思います。 しかし、形を重視した陶芸の場合(もちろん花器や茶道具も含まれます)は、作家の制作意図やアイデアが重要だと思います。時代の変化にも耐えうる、タイムレスな力が必要だと思います。 今回初めて海外に進出しました。これからは、このような陶器作りに力を入れていきたいと思っています。 丹波焼を買った人にはどう感じてもらいたいですか? 土のぬくもりを感じて、いつまでもそばに置いておきたいと思ってもらいたいですね。 市野勝磯氏による土のイメージ シンプルな食器から現代アートまで これまで日本では貴重な伝統工芸品とされてきた丹波焼。現代アートの存在によって、やきものの歴史はどのように変化していくのでしょうか。また、新たな挑戦とは何でしょうか。 実用的な用途ではなく、海外では家を飾るために使われている焼き物が、新たな需要を生み出しています。また、作品の扱い方も変わってきますし、技術やデザインも洗練されてくると思います。丹波のギャラリーにも丹波の作品が増えてくると思いますし、また違ったお客さんが来てくれると思います。 他の作家から影響を受けたことや、自分のモットーはありますか? 東京で師事した板橋弘美先生に影響を受けています。 陶芸の勉強だけでなく、美術展にも足を運んでインスピレーションを得ています。自分の心に忠実な焼き物を目指しています。完成した作品を分析してアイデアを得ることが多いです。改良点を探して、次の作品をイメージしています。 今後の予定はありますか? 丹波焼を海外に広めていきたいですね。海外の展示会で作品を発表する機会があればいいですね。 市野勝磯さんの作品を購入できる場所 TRiCERAでは、市野勝磯のユニークな作品を数多く展示しています。他の日本の若手アーティストの作品に興味がある方は、コンテンポラリーアートのページをご覧ください。

韓国最大級の国際アートフェア「KIAF SEOUL 2019」

第18回韓国国際アートフェア開催 9月26日から29日まで韓国のソウルで、韓国で最も有名なアートフェアの一つであるKIAF(Korea International Art Fair)が開催されました。 今年はKIAFの18thとして、17カ国から175のギャラリーが参加した。当局によると、約8万2千人が訪れ、売上高は310億ウォンを記録した。昨年より30%以上増えた。現場では売上高の高さを直接感じることは難しいが、一般の来場者が大幅に増えたようだ。特に若年層では。これは、現代アートがヒップスター文化の一部になったことが要因と思われる。若い世代は現代アートを好む傾向がある。彼らは、自分が最近楽しんでいるものや自分の好みを見せるのが好きなのです。来場者数が全体の売上にどの程度影響を与えているかは不明だが、ある程度の影響はあるようだ。 ソウルの有名なアートフェアの一つであるKIAF ART SEOUL 2019は、参加ギャラリーを通じた現代美術作品だけでなく、ソロプロジェクト、ハイライトセクション、話題性のある問題に関する様々なトークプログラム、特別展などを提供しました。今年のためにKIAFは「歴史の中のロマン主義-韓国モダニズム絵画展」と題した特別展を準備し、韓国の現代アーティストに光を当てました。 今回のプロジェクトの目的は、フェアの構成の多様性を図ることにあるように思われる。しかし、イ・ウファン、ユ・ヨングク、ナムジュンパイクなど、現代美術を代表する作家を紹介するギャラリーが多く、ギャラリーブースとプロジェクトの間に大きな差をつけることはできなかった。 しかし、韓国の現代美術にこだわるギャラリーの中には、若くて新鮮な作家を紹介したり、実験的な作品を発表したりする優れたギャラリーもありました。これらのギャラリーが目立っていることを証明するかのように、多くの作品の下には赤いシールが貼られていた。これは、現代美術の一流作家が売れることにつながる確実性がなくなってきたことの裏付けではないだろうか。 参加ギャラリー 参加ギャラリー 韓国を代表するアートフェアであるKIAFには、多くの国際的なギャラリーが参加しています。昨年に続き2回目の参加となるPACEギャラリー、今年は初めての参加となるLehmann Maupinも参加しました。また、アジア市場に特化したホワイトストーンギャラリーも参加しています。 多くの国際的なギャラリーが参加するようになったことで、KIAFはさらに発展する可能性を秘めています。挑戦的な作品は市場性がないという意味ではなく、実験的な作品が増えることを期待しています。タイトルだけで満足するのではなく、韓国最大規模の有名なアートフェアです。 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。 

アーティストは都市を実験しています。

 大分県南部の別府駅から歩いて行ける距離にある「別府駅前市場」にアートスペースがあります。名前は「GENJITSU」。県内在住のアーティスト畑 直幸さんが運営する実験的なアートスペースです。 "GENJITSU "は、元々大分県に住んでいた3人のアーティストからなるアートグループです。メンバーはHiroaki Azuma、Takanori Suzuki、畑直幸の3人だったが、他の2人は転居を機に脱退していた。畑は「GENJITSU」のメンバー変更を受けて、アートグループからアートスペースへと道を変え、新たなスタートを切ることを決意しました。  "自分たちの作品を発表し、自分たちを高めていくことが何よりも大切です。他の国のアーティストを呼んで、試してみたいと思います。また、立地も重要で、商店街の立地が適していると思います。例えば、通りすがりの人や向かいのお店に見られる。彼らは不思議に思うし、そこから生まれるコミュニケーションを大切にしたい。私たちのための実験、街のための実験だと思っています。" 今では唯一のメンバーとなった畑はそう言う。彼の目的の一つは、アートを日常生活のような広い枠に落とし込むことだ。"GENJITSU "はアート空間であると同時に、ムーブメントでもある。 Instagram: https://www.instagram.com/genjitsu_art/?hl=j

星空を旅する時代のアートとは?

 星座の歴史は約5,000年前にさかのぼります。 メソポタミアの羊飼いたちが星空を見上げて星を繋いでいたという事実は、私たち人間が古代から漠然と宇宙に惹かれていたことの証拠です。 アポロ11号が月面着陸してから50年以上が経過した今、星空や星座を題材にした作品が数多く生まれています。科学の力で宇宙の秘密が少しずつ明らかになっていく中で、宇宙を題材にした作品も変わってきたのでしょうか。 内藤 博信   日本人は昔から月に魅了されてきました。それは、現代まで続く月見の行事や、和歌に月が詠まれていることからも明らかです。内藤は、鉱物顔料を用いて月を叙情的に描いています。 見上げて空に輝く月を見ると、自分の人生を振り返り、心の中に「静寂」を感じるという。目の粗い絵の具で描かれた青い月は、見る人の心に静けさを残してくれることでしょう。 アーティストの詳細はこちら 椛田ちひろ  インクジェット紙に黒のボールペンで不規則な形を描くことで知られる椛田。繊細で力強いボールペンの動きで、様々なものを描いています。 宇宙に散らばる惑星は、観測されたものから人間の想像力を加工して生み出されてきた。しかし、蒲田の「惑星」は、その存在があり得ないと思われる抽象的な形をしている。しかし、概念的な表現の中に「未知」の魔法がある。 アーティストの詳細はこちら 前川奈緒美 前川は、星の性質を自らの創造物と同一視する精神的な観念で描いています。 星が終焉を迎えた時、自分の中心へと向かい、物質を破壊し、爆発し、元素を撒き散らし、存在から消えていくと言われています。私は自分を知るために、自分の中心、自分の心を描いてきました。すべてはつながっている。前川の作品はエネルギーに満ち溢れているように見える。 オイルバー(油絵具や蜜蝋で固めたもの)を使い、時には筆の代わりに自分の指でキャンバスと体を一体化させている。 アーティストの詳細はこちら 言うまでもなく、宇宙は広大で、常に拡大し続けています。したがって、仮に人類の化学が究極の進化を遂げたとしても、その全てを知ることはできない。しかし、だからこそ、これからも人類の最大の廃棄物であり続けるであろう宇宙について考えずにはいられない。

Feature Post

これはテストです。

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森に舞う儚げな芸術

 花火、ガラス、桜、、、世の中は儚いコトやモノに溢れている。それに美を見出すのは根源的な人間の性なのだろう。  そんな儚げな存在のうち、蝶はその筆頭ではなかろうか。  今にもどこかにいってしまいそうな不規則な羽ばたき、触れれば壊れてしまいそうな華奢なフォルム。そしてなんといっても数々の人間を幻惑させたその羽の模様など、蝶はまさに儚げな芸術のよう。  その美しさゆえに、日本でいえば花札の図柄に「牡丹に蝶」があったりと、画題や意匠としてもチョウは使用選ばれてきたわけだが、さて現代のアーティストはいかに蝶を描きだすのか。本記事では、キャンバスに舞う蝶を紹介したい。 Aira 作家の詳細はこちらから 山田久美子/Kumiko Yamada 作家の詳細はこちらから Anna Koshal 作家の詳細はこちらから

ポケモンと似ている?−ペーパーアート・ストーリー Part3 完 –

解は、どちらも進化する、と。この記事は、ペーパーアートのシリーズの最終章(現時点で)であり、まずパート1&2をおさらいしてから、その進化について見るとしよう。あるいは、リンク先に飛んでみると更に面白いであろう。 パート1 - 我々が子供の頃には知っていて遊んでいたはずの紙が持つ魅力も、「大人になる」過程で忘れ、つまらない物体と変わってしまう。しかし、「紙はアートを内包するメディアムであるだけでなく、創造性の魔法を唱える素材そのものとなりうる」ことを教えてくれる紙作家らによってその魅力を再発見できる。 パート2- 4000年以上に及ぶ人間と紙との関係への追憶は、ペーパーレス時代になっても一夜にして消えるものではない。厚さ1ミリにも満たない紙は、その発展とともに信じられないほどの芸術性を宿してきた。紙は植物に由来し、生物学的なエネルギーを持つ。この有機的エネルギーこそが「芸術家と芸術を、芸術と私たちを結ぶ触媒として繋いでいる 」のだ。 今回は、ペーパーアートのまた違った一面が見るとしよう。その進化は、想像力を超えて成長するポケモンのように、我々を驚かせるやもしれぬ。しかし、アートを愛する私たちとしては「目指せ〇〇マスター!」と、つい興奮に背を押される。 進化タイプ1「ニョロボン」原点を忘れない おたまじゃくしのようなポケモン、ニョロモを捕まえたときは、緑色のカエルのような姿に進化すると確信していたものだ。しかし、最終形態であるニョロボンは青くて渦巻きを腹につけたままで、要するにオタマジャクシのままだった。同様にペーパーアートの中にも、その起源に強く忠実で、紙の原始的な存在感を声高にするものがある。オランダのグラフィックデザイナーであり、庭の設計士でもあるStuidoMieは、「PaperWork」と呼ばれるシリーズを制作している。その名の通りに、実質的に紙片と紙のみで作られる単純さにも関わらず、その見事な芸術性の進化は見る者を打ちのめす力がある。 抽象とミニマリズムのDNAから進化したと見える彼女の作品は、変貌の小さいニョロモ–ニョロボンの系譜に感じた「要素を徹底的に削ぎ落とした中にこそインパクトがあるのではないか」という問いかけを鑑賞者に残す。彼女の作品はアートの既成概念的な構造や美学にジャブを入れるようである。ミニマリスティック・アートの巨匠フランク・ステラは「目に見たものを見たままに(理解せよ)」と言うが、私は彼女の作品を庭の設計士的、自然環境的な側面から解釈せずにはいられない。(そして彼女の作品を見ているとなぜか、アメリカの前衛作曲家ジョン・ケージの音楽が耳に聞こえてくる。) もし一度でも迷路庭園に足を踏み入れたことがあれば、パターンを認識しようとしている間に、形や影に目が錯乱される事に気付いたであろう。また、植物を育てていると、その成長や天候の変化をいくら分析しても、予測できない事態に遭遇する。StudioMieの作品では、構造的に配置された紙片が生み出す不確かな影と、人工的迷路から自然森の中に迷い込む様な予測困難さを体験できる。彼女は、コロナウイルスのロックダウン中に「パターンやシステムが予期せず不安定になるとどうなるのだろうか?システムは回復するのか、変身するのか、それとも衰退するのか?」と自問し、それをPW024 / faltering patternのシンプルながら力強い作品に昇華させることに成功している。 進化タイプ2 「ギャラドス」 バリバリの肉体改造 2種類目は、無力に跳ね回るコイキングから空飛ぶ水竜、ギャラドスへの劇的なジャンプをみる様に、大村洋二朗の作品も、同じDNA(この場合は紙)からどうやって進化したのか頭をひねらされる。生命力に溢れる彼の作品だが、信じられないことに、彼の彫刻の才無くしてはただの紙切れなのだ。サイケデリックな色のトカゲは今にも獲物を捕らえんばかりの勢いで、六枚羽根のトンボは星散りばむ銀河へと舞い立つ。数々の賞を受賞した彼の想像力と技術によって、それらは驚異のペーパーアート変種へと成長を遂げた。 もちろん、古典的なキャタピーからバタフリーのような進化タイプもあるが、この広大で多種多様なアート界であなたのお気に入りを見つけて集める楽しさを、あえて奪いたくはない。自分なりの図鑑完成、〇〇マスターを是非目指して頂きたい所だ。 更なる楽しい発見のためにも、ArtClipニュースレターの購読をお忘れなく!

本橋孝祐によるレンチキュラー限定エディションプリントを150部限定で発売。

THE KING OF SILENCE ¥ 15,000(税抜) エディション:150サイズ:H420 × W297mm技法:アクリルレンズにレンチキュラープリント額装:オリジナルアクリルフレーム(+ ¥10,000) ※写真のフレームは参考であり、現物ではありません。©︎KOSUKE MOTOHASI/TRiCERA, inc. All Rights Resaved この度TRiCERAは本橋孝祐による限定エディションプリント《THE KING OF SILENCE》 を150部限定で発売致します。本橋は1989年兵庫県出身。2013年頃からアートワークを開始し、これまで東京やNYで活動を行ってきました。一貫して「現代において生死の問題に取り組むとはどういうことか」と問いを立てる本橋は、制作を通して作品と鑑賞者の対峙によって起こるリレーショナルな化学反応とその意味について探求して来ました。今回はレンチキュラー仕様のプリンティングを行い、三方向から異なる見え方がする工夫を施し、あたかも移ろいやすい現象世界のように常に変化する作品に仕上げました。生と死を直向きに突き詰める本橋の作品に流れる鼓動の一端を、この機会にぜひお楽しみ下さい。 【販売に関する諸注意】 (1) 作品はサイン/エディションナンバー入り証明書が付属します。 (2) エディションナンバーは選択出来ません。 (3) 作品発送は購入より約2週間から1ヶ月のお時間を頂きます。 (4)お客様の受取拒否等による再配達に必要な料金はお客様のご負担となります。...

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