木曜日, 6月 24, 2021
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抑圧され、薄れゆく自己を見つめる。齊藤拓未インタビュー

公園の遊具、部屋の片隅、道端など日常のさりげない景色を虚心としたタッチで描いている齊藤拓未。「大人になるにつれ抑圧される自分がいる」と語る彼女は、自身の幼い頃の感性を呼び起こすような風景やオブジェクト、そしてそこに紐づく幼少期の自らの感情を少女の形姿に変換し、キャンバスに描き出す。今回はこれまでの経歴から自らの情緒性をベースにする齊藤の制作背景について話を聞いた。


齊藤さんは日常のスナップのような風景と少女を組み合わせたペインティングをメインに発表していますが、絵画の中ではそれぞれがどう関係しているのか、まずは作品の背景から伺ってもいいですか?

私の絵には女の子が登場するものとそうでないものがあるんですけど、女の子は私自身そのままというより、昔の自分につながる感情のような存在です。

風景の方は幼少期のことを彷彿とさせるものが多いです。普段から景色とかものとか、どこか昔のことを連想させる何か見かけた時にはメモをしたり、カメラで撮影したりするのですが、それが作品のベースになっていますね。

WAITING ROOM, 2020, 29.7 × 42cm, Giclee Printing on paper, edition:50

齊藤拓未の作品はこちらから

つまり少女はかつての齊藤さん自身のメタファーのように登場している。風景もかつてのことを連想させる役割をになっていますが、どちらも昔のことがキーポイントになっているんですね。

 大人になるにつれて自分が抑圧されていると感じていて。それにつれて昔の自分なら持っていたような何かが流れていってしまうというか、どんどん自分がなくなっていく感覚がある。とても嫌な感覚なんですけど、それは。

でも風景とか、あとはモノですよね、そういう存在が昔の自分を思い出させてくれて。自転車を漕いでいる時に香ってきた落ち葉とか、雨が上がったあとの匂いとか、そういう日常的なものを通して昔のことを思い出せることがあるんです。「あ、これだ」というか、言葉ではうまく言えないんですけど、記憶が蘇ってくる感触がある。「あの時と同じだな」って。

その抑圧というのは人付き合いによって自分が押し止められるということですか。

ニュアンスは近い…かもしれないです。だんだんと集団でいることが嫌になっていくんですけど、でもそれに合わせてしまう自分がいる。「一緒に帰ろうね」とか「どこそこで待ち合わせね」とか、周りの友達がそう言ってくれることさえ少し窮屈だった。悪気があるとかはもちろん考えてないんですけど。

私にとって中高は空白期間で、思い出せる出来事がほとんどないんですよね。本当に、どうしてと思うくらい何もない。大人になるにつれて多くなると思うんですけど、そういう人付き合いとか、色んな制約とか、我慢しなくちゃならないこととか。でもそれに合わせているとだんだんと自分の中で何かが薄れていく感じがしていて、それにすごく危機感がある。「ああ、このまま自分が無くなっちゃうのかな」と。

friend, 2020, 45.5×38cm, oil on canvas

そうすると作品はある意味で記録に近いようでもあるし、単純な風景や少女の描写ではない。

残しておきたいとしたら風景とか、目に見えてる何かというよりは感情の方ですね。女の子を描いていない景色も、あとはモノとかも、全て昔の自分につながる働きをしていて、だから人は描いていないけど、でも痕跡として残っているようには見せたいと思ってます。

だから「風景と女の子の絵ね」と思われがちな気がしますが、でも状況を描きたいわけではないんです。

経歴の話に少し移ると、齊藤さんは日本画を学ばれてますね。もともと日本画が志望だったんですか?

 というより、最初はイラストの方でした。中高と漫画研究会に所属していたのですけれど、でも漫画というよりはずっとイラストを描いていました。その頃からなんとなく女の子の絵とかは描いていましたけど、当時は本当にイラストで。

 でも周りの子みたいにものすごい詳しいとかでもなかったし、好きなイラストレーターの人の挿絵がある本は読んだりしてたけど、でもどっぷりという感じでもなくて。だから中途半端。

 高校一年生の頃からぼんやりと美術系の大学に進みたいと考えていて、イラストを描いていたせいもあると思うんですけど、特に平面的な表現ができるなと思った日本画を選びました。どちらかというと画壇系の盛り盛りな感じよりはフラットな表現が好きだったし、受験の頃から立体的に描くのがすごく苦手で。デッサンとかも本当に苦手なんですよ。

 現在ではアクリルや油彩を使っていますが、マテリアルの扱いに関しては文法が大きく異なると思うんですが、違和感はなく?

 学部の頃は日本画の画材を使ってたんですけど、でも岩絵具を使っていると「なぜ使うのか?」のような意味づけを求められてしまう。あとは学部の頃から女の子を描いていたんですけど、日本画材でそれをすると美人画の文脈で受け取られてしまうんじゃないか、と。そちらに進みたいわけではなかったし、自分の描きたいものを考えるとアクリルでも問題なくできた。だから画材から描き方までけっこう変えましたね。

昔は髪とか顔とか、もっとディティールを描き込んでいたんですけど、もっと単純化させ、平面感を強める方向にシフトしました。普段描いていたドローイングがそれに近かくて、ノートにちょこちょこと描いていたものをタブローとして描いてみようと。結果的にそっちの方が自分にとって苦じゃなかったんですよね。

ただルールというか、自分で制限はもうけているとは思います。もうできないことはあまりしないようにしよう、と思っていて。色合いも薄くして、場所によっては色鉛筆を重ねてみたり、曖昧になってしまうので特定の方向に強めるような感じです。

忘れる, 2020, 31.8×41cm, oil on canvas

 現在の風景と少女の組み合わせを画面に持ち込んだのはいつ頃から?

 2年前くらいです。学部を出た頃かな。その頃は写真で切り取った風景とかを入れたり、少し画面がごちゃごちゃとしていたんですけど、それも幼少期という時間に設定しようと決めて。

 よく分からない感じというか、より複雑にはしたいと思ってますね。ただでさえ平坦なタイプなのでペラペラになってしまいがちになる。もっと分かりにくく、もっと複雑に、とは気をつけているかな。その方が何回も見たくなると思うんです。でも最近はそのまま描きすぎているかな、とも。

 作品と自分自身のつながりが強いことに抵抗はありますか?

 個人的な作品になっているということがですか? それは前に少し悩んでいて、というか、今も時々は考えるんですが…。

あまりにも描いていることが個人的過ぎるのかな、と。ただマイクロポップの作家さんのように、あとはナビ派の人たちとか、いつの時代にも個人的なこととか、身の回りのことを描く人たちはいるのかなとも考えていて。自分の描きたい作品とか、描いていて無理がない作品について考えるとそっちなんじゃないか、と。あとは納得の問題だとは思うんですけど。

個人的なことを描いている作家は好きですか?

 好きですね。個人的というか、さりげない、身の回りのものを使った作品と日常の断片を描いている方々は好きです。この間ワタリウムでやっていた青木さんとか、西村有さんとか、古いところでいうとドニ、ヴュイヤールとか…。

 モランディも好きです。いつも画集は近くに置いてます。あとはナビ派の人たちはやっぱり好きですね。テーマとかモチーフの点ですごく参考になる。それから画家ではないんですけど、青山静男さん。子供を描き始めた時に一番影響を受けたし、今でも見失いそうになる時によく見ています。

 イラストをずっと描いてきたということですが、イラストの遺伝子は自分の絵画に感じますか?

 …どうだろう。でも、確かに言われる時はありますね。「イラストだね」とか、そこまで露骨なわけじゃないですけど、でも言われます。

 ただ最近はどっちもかな、とは思います。イラストとも言われるし、絵画とも言われる。確かにイラストはずっと描いてたので、その感じがあっても不思議ではないと思う。好きなイラストレーターの人とかもいますし。だから最近は中間でいいかなって考えていて。

イラストと絵画の中間を。

どっちの要素もあっていいんじゃないかって。どっちの要素もあるんなら、それはそれで本当なんだろうし。

描いている少女には表情が描かれていませんね。

 描いている時の自分は冷静なんです。だから描かれている人物には表情がない。そこには距離があるんですよね。前に絵を見てくれた人から「齊藤さん自身は諦めている感じだね」と言われて、それはそうかもなと思いました。女の子というか、子供が登場している理由はさっきも話したと思うんですけど、でも子供を描いている理由自体はコンプレックスというか…、どこか憧れに近いのかもしれないです。子供であることに対しての憧れ。

やはり幼少期の自分自身や現在の自分を取り巻く環境とか、あり方に対する強く関係している。

 やっぱり今の自分と小学生の頃の自分が地続きでない感覚がどこかにあって。小学生の頃の写真とか、先生からのコメントとか見ているとずっと明るいんですよね。「ああ、そうだったんだ」って。環境も変わったし、自分が変わってきて、昔から大人しい人もいると思うんですけど、私は変わったんだなって。

午後の公園, 2020, 33.3×33.3cm, oil on canvas

それでも風景や何かをきっかけにして蘇ってくる。齊藤さんの絵画はある種の抵抗でもあるし、感情を構造的にとらえた造形でもあると思いますね。

でも複雑なんですよね。さっきも少し話しましたけど、言葉にすることは難しくて。風景とかモノとか、そういうものを見ている時の感覚は懐かしさとも違っていて、ひとに「こういう絵を描いています」って説明することもすごく難しい。

私は結局「なんか周りに合わせてるな」と思いながら真面目にここまで来てしまった。どんどん流れてしまう自分を留めておくというか、変わっていく自分も自分自身だと思うし自然なことだと思うんですけど、でももともとの自分が無くなってしまうのは寂しいことだと思うんですよね。かたちとして残っていればそれだけでも良いと思うんです。


Profile

1996年東京出身。2020年武蔵野美術大学日本画専攻卒業。主なグループ展に「日々のあわ」(高円寺pocke / 2019/ 東京)、 「fog」(exhibition space CLOSET/2020/東京)、「obキュレーション展 neo wassyoi」(hidari zingaro / 2020 / 東京)、主な個展が「tender age」 (新宿眼科画廊/2020/東京)がある。

齊藤拓未の作品はこちらから

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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 新宿にある損保ジャパンの美術館は、1976年に設立されました。ゴッホの「ひまわり」をはじめ、ゴーギャン、セザンヌなどの作品を収集し、年5回の展覧会を開催している東京を代表する美術館です。 A hunter's feast Shiori Saito oil/canvas, 162×194cm, 2019 若者の発掘にも力を入れているこの美術館が、第8回目のコンペを開催しました。年齢や所属を問わず、本当に力のある作品」を条件に、全国から作品を募った。 コロナウイルスの影響で展示は中止となりましたが、今回は全国から応募された875点の中から選ばれた71点の入賞作品が展示されました。 Looking at tomorrow Kazuhiro Otsuki Acryl on canvas, 162×194cm, 2019 今回は、いくつかの作品が受賞したハイライトを通して、日本の若いアートシーンを紹介したいと思います。 A record about physical Matsuura Kiyoharu Acryl on canvas, 162×130.3cm, 2019 

似顔絵の表裏

 Ikeda ayakoは、自分の感情を肖像画という形でアウトプットする画家です。彼女は色や輪郭といった対象物の細部を表現することを目的としているのではなく、自分の感情や思考、自分自身の中で感じる動きを反映させています。絵画は自己表現のようなもので、彼女の精神を絵画という形でスケッチしているのです。 肖像画の作品が多いようですが、どのような作品なのでしょうか?まずは作品の説明をお願いします。 -作品はその時の気分に左右されるので、いつも描いているテーマが決まっているわけではないのですが、似顔絵を描くことが多いです。ただ、その時の気持ちの表情で似顔絵を描くことが多いです。 小さい頃から絵を描くのが好きで、よく人を描いていました。今でも人を描くのが好きなのは意図的ではないのですが、自分の感情をダイレクトに絵に反映させて表現することを考えた時に、風景や抽象が合わないような気がしました。何となく、自分の感情をダイレクトに表現するにはポートレートが一番いいような気がします。 vivid r_02, 53×45.5cm 作品に描かれている人はランダムな色で描かれていて、リアリズムで描かれているわけではありません。モチーフは架空のものですか? -いや、想像力は自分には合わないので、絵を描くときには原型が決まっています。でも、完成した作品を見た時に、イメージと違うので、原型が役に立っているのかなと思うこともあります。体の各部位の色はイメージを見ながら決めているので、肌の色が緑などランダムな色になっていることもあります。先ほども言いましたが、絵には自分の気持ちが反映されているので、完成した作品を見ると、その時の気持ちが蘇ってきます。作品を制作している間ではなく、絵を描き終えて初めて納得します。 Dedicated to P_07, 19.5×25.4cm もともと絵描きになりたいと思っていたのですか? -いや、でも子供の頃から絵を描くのは好きでした。漫画のようにストーリーを作ることはできないけど、絵は描けるので、美術学校に行こうと思いました。学校の傾向として、体全体を描くように言われましたが、顔の方が面白かったですね。学校では主にイラストレーションの勉強をしていましたが、学んでいくうちに「クライアントの仕事」が苦手になってきました。自分の描きたいものを描きたいと思っていました。 作品にはその時の感情が反映されているとおっしゃっていましたね。でも、モチーフによって描きたいものは変わってくるんですか? -場合にもよりますが、流れがあるわけではないですね。ポートレートを描くのは、何かに追われている時に描くことが多いような気がします。だから、絵を描くことで自分の感情を出しているんだと思います。 去年の秋にスズメを拾って2日くらい一緒に過ごしたんですが、なぜか似顔絵以外のものを描きたいという気持ちになったんです。なので、その時は顔以外のモチーフを描いていました。もしかしたら、これから出会う人や目にするものによって、モチーフは変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

Feature Post

アートで見る夏景色2020 -暑中見舞い後編 –

8月最後の週は、多くの人にとって夏の最も感傷的な日々。子供たちにとっては夏休みの終わり、大学の多い街では学生達と共に活気も戻り、親御さんたちは、学校再開前の準備で忙しくする時期。この一週間は、誰もが楽しい夏の思い出に浸り、残された日々を惜しんでいるものだ。 プールサイドでのパーティー、それとも「ステイホーム」で安全に過ごす時間、それとも田舎でのリフレッシュ、何があなたのお気に入りだろうか。シリーズ第1部ではそんな夏模様を描いた作品をご紹介した。 こちらから Soft summer by Irina Laube 54 x 54 cm 「海と山どっちが好き?」この一見無害なように聞こえるが、二極分化をもたらす質問。両方とも近い田舎で育ち、山の稜線と入り組んだ入り江の絶景を誇るカナダのバンクーバーで数年過ごした筆者としては、一択を迫られると途方に暮れてしまう。だが、どうやらTRiCERAアーティスト御贔屓のモチーフは海とビーチのようである。この人気テーマと共に、夏の魅力的な抽象画もご紹介したい。 Summer Days by Alexander Levich 35 x 45 cm Labyrinth by Alexander Levich 60 x 100...

プラットフォームとしてのアートフェア、展示会としてのアートフェア、そしてアートワークの一つとしてのアートフェア。

 3331 Arts Chiyodaとは? 2010年に東京にオープンした小学校跡地を利用したアートスペース。地下1階、地上3階、屋上のスペースがあり、企画展やコンペなどが開催されています。スペースも用意されており、建物内にはいくつかのギャラリーがあります。 1階にはカフェも併設されており、近隣の方も訪れています。日常生活に寄り添ったアートを気軽に楽しむことができます。 アートワークとしての3331 Arts Chiyoda 興味深いことに、3331 Arts Chiyodaは、あるアーティストによって制作されました。主に彫刻やプロジェクト型の作品を発表してきた空間のディレクターであり、アーティストでもあるMasato Nakamuraの作品だ。 アートプロジェクトの継続性を持続可能な形で考えた結果、マネタイズの仕組みを持った組織としてアウトプットされた。 アートフェアを更新するアートフェア 3331 Arts Chiyodaは、3/18~3/22にアートフェアを開催します。2013年以来、9回目の開催となります。今回は62名のアーティスト、35のギャラリー、6つの美大が参加し、作品を発表します。 展示以外にもパフォーマンスやZINEイベントなども開催され、オーソドックスなアートフェアの枠に収まらない魅力があります。アートと社会との関わり方を考えるムーブメントとして楽しめるアートフェアです。 Etsu Egami, lure of passing each other ©︎EtsuEgami Kaori Oda, cenote005 ...

共感し、生活に取り入れる-コレクションが生まれる時-

新規事業の多く携わる河本さんは、つい最近になってアートの購入を始めた。「作家さんとの対話から作品のコンセプトやメッセージに共感したことがきっかけ」と語ってくれた彼に、今回は作品購入のきっかけ、アートを買うことで得た気づきについて語ってもらった。 作品への共感性が購入の後押しになった 河本さんとアートの出会いを教えて頂けますか? -高尚な理由ではなくて恐縮なのですが(笑)、最初のきっかけは、友人に誘われて行った展覧会でした。その友人は作家をしており、初めての展示ということで会場に足を運び、そのまま作品を購入させて頂きました。 ファーストピース(最初に購入した作品)だったんですよね。 -ええ、そうです。それまでにもインテリアアートとして量産されている作品の購入経験はあったのですが、本格的なアートという呼称が適切か分かりませんが、いわゆる大量生産品ではない、一点モノのアート作品を購入したのはそれが初めてです。 前々から関心はあったのですが、購入するための手がかりもマナーも分からなかったし、「アートを買う」ということは身近なことでは無かったですね。 中島健太 匿名の地平線シリーズ 18.5 x 18.5cm アーティストの詳細はこちらから 購入されたきっかけは何だったんでしょうか。 -(購入までの距離が)縮まったきっかけは作家さんとの対話だと思いますね。作家さんのお話を聞くと、目で見えている部分の背後にもストーリーがあることを知れて、「なるほど、そう言うメッセージが込められているのか」とより深く理解できます。しかもそのメッセージと、僕自身の大事に感じている価値観との共通性を感じたんですよね。それで、思い切って買っちゃおうかなと(笑)。 家に飾ってみて良かったと思うことは、自分が共感するメッセージが込められた作品を毎日見ることになることです。その度に自分の考えを、どこか視覚的になぞる感じでしょうか。これは楽しいですよね。 コンセプトへの共感が大きなポイントになったんですね。 -メッセージに惹かれた点は大きいですね。個人的に、ビジョンやメッセージへの共感性は、普段から重視しています。例えば、前の会社に誘われた時も、そのビジョンに強く共感したことが転職の決め手でした。 上床加奈 blood6 30 x 120cm アーティストの詳細はこちらから 作品との関わりから、他に発見した点はありましたか? -アートと全く同じとは言いませんが、新規事業のマインドとは似ている点があるのかなとは思いました。ビジネスではどのような課題を、どのようなアイディアによって解決していくか、しかも具体的で解像度の高いプランが求められますけど、アートの作品一つ一つにも今までになかった発想や表現などの革新性がある。そのユニークさは似通っているのかな、と思います。 購入の際、コンセプトやメッセージ以外だと、どういう点が検討のポイントになりましたか。 -部屋との相性は考えますね。以前は友人を呼んでホームパーティーも頻繁に開催していたし、引越しも年に一回はしていたり(笑)、自宅に関してはこだわりがあるんです。昔からインテリアも好きだし、部屋と合うかどうか、これを考えることも楽しみの一つです。 アートもインテリアの延長線で考えられていますか? -いえ、また違いますね。どちらが上か下かという話ではないですが、アートの場合はメッセージを含めて生活に取り入れます。昔はインテリアアートも買っていましたが、それがあるかないかが両者の違いだなと、実際にアートを買ってみて感じました。 不動産の売買を、例えば部屋のコーディネート含めてすることもあってインテリアは結構身近なんです。だからインテリアももちろん好きですが、それぞれはまた違った軸で楽しむものかな、と。アートは機能的じゃないし、かと言ってビジュアルだけの話でもない。物の部分だけではない、作家さんの考えていることやそのメッセージ性も鑑賞出来るところは面白いなと考えています。 初心者にもアクセスしやすいプラットフォームの重要性 興味が出てくると新しい作品を探したくもなると思いますが、いかがでしょう。 -それはありますね。ただ一方で情報の問題もあるのかな、と。どんなアーティストがいるか、どんな展示がいつ・どこでやっているのかという情報の取得が難しい。取りに行かないと得られないというか、自然には入って来ない。もちろん業界的な情報網はあるのでしょうけど、外からではなかなかアクセスが難しいなという印象がありますね。ギャラリーも友人に紹介されるまで、行きづらく感じていました。 アートフェアにも参加したのですが、そこでは結局、買いませんでした。確かに参加しているギャラリーや出品されている作品の数は多かったのですが、欲しい作品には出会えなかった。作家さんと話す機会があまり持てなかった点もあるかもしれませんし、欲しい作品と予算が合わなかったこともあったり。何というか、諸々の条件にマッチした作品を探すことは難易度が高いのかな、と。初心者だと尚更かもしれません。買いたいけど探し方がわからない、みたいな。購入者としても参入障壁が高い印象ですね(苦笑)。 曾超 KK190612 53 x 53cm アーティストの詳細はこちらから 情報量の点ではネットの活用にもアドバンテージがあると思いますが、オンラインのアート購入についてはどう考えていますか? -価値の担保がハードルの一つだと思っています。インテリアならイメージやブランド、価格や自宅との調和感を指標にしますけど、アートにはより高度な情報が欲しいなと思いますね。 昔オンラインの英会話を受講していたのですけど、講師のプロフィール欄にはテキストだけじゃなくて動画もあったり、提供してくれる情報が多くて助かった覚えがあるんです。アートにもそういった工夫があってもいいかなとは思います。 「作品のメッセージ性が重要」という点と繋がりますね。 -そうですね、画面に表示されたイメージの奥を期待してしまう。あくまで僕個人の話ですけど。この色はどういう意図があって使っているのか、この線はどうしてこうなのかとか、作品の価値が伝わるより深い部分の情報は気になってしまいますね。 A.C.D Corbusier's Cyclone 51 x 61cm アーティストの詳細はこちらから 作品性の部分の他に、例えば河本さんは不動産の売買などもされていますが、アートにも投機的な目線を持っていますか? -なくはないですが、資産性を強く意識するほどの高額な作品はまだ買ったことがありません。もし購入する作品が何百万円となれば、その時の心持ちとしては、「投資にもなるし」というのは強い後押しになるかな(笑)。決して無駄遣いじゃないんだ、と。あくまで僕個人のレベルの話ではありますけど、出せる金額が一桁増えるかなとは思います。 今後、コレクションや購入のプランはありますか? -もちろん、良い作品と出会えればとは考えています。自分の目を肥すことも必要だと思いますね。作家さんと話をしてみて、その話が分かるくらいにはなっておきたいかな。作品の良さがもっと理解出来るようになれればと思います。

Quick Insight vol.1 – yuta okuda-

日本や台湾などアジアのアートシーンを舞台に活動しているyuta okudaは、生き物や花を通し、自然の摂理にある美しさの描き出し、その姿を肯定しようと試みる。『TAKEO KIKUCHI』のファッションデザイナーからアーティストへ転身した彼の活動とその背景について話を聞いた。 まずは作品について簡単にご説明願えますか?作品は無意識の自己投影と自己解釈がベースになっています。無意識のレベルで生き物たちを思い浮かべ、それを意識レベルで般若やマリリンや狛犬などにしていきます。 無意識で描きたい題材は、常に花や生きもので、そこから美と醜、愛と嫉妬、生と死など相反する二つのテーマを1枚の中に表現しています。モチーフは常に生き物なんですが、食物連鎖をコンセプトに、自然の摂理の美しさを描いています。 wisdom 743×607, 2019, pigment ink /Kent Paper 作品はこちらから もともとはファッションデザイナーだったそうですが、アーティストになったきっかけは?きっとアーティストになりたい気持ちが強かったからだと思います。デザイナーとアーティストとでは、全く性質が違いますから。商業デザイナーに個性は求められない。決まったデザインを、決まった通りに、決まったスケジュールでこなしていくことが必要なんです。でも、それがストレスだった。だからスタートは「ただ自分の描きたい絵を描きたい」という、本当にそれだけだったと思います。 そうして、すぐに絵を描き始めたのですか?いいえ、最初は自宅でひたすら描いているだけでした。今見返すと、その頃の絵は、すごく密度が高く見える。負の感情を吐き出している感じでしたね。人に見せることなんか考えても見ませんでしたね。全く、これっぽちも。言わば毒素ですから、自分の(笑)。 Purple Rose (Pink x Purple) 33.3×24.2cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら プロとしてスタートしたきっかけは何でしたか?認めてくれた人たちがいたんです、私の絵を。自分のネガティブが丸出しになった絵を「いいね」と言ってくれる人たちがいた。驚きだったし、有り体に言えば、気持ちが良かった。商業デザイナーではそんなこと絶対に有り得ない。ファッションでは取り繕いをしていたけど、絵画は裸です。その部分を見せて、評価してもらえたことが嬉しかった。そんな時期に友人のアーティストを見たりして、その姿に嫉妬し、「自分も」と考えました。でもやるならプロとして、趣味ではなく、生半可な気持ちは捨てようと思っていました。やるなら、徹底的にやろうと。 作品は自己投影的と仰っていましたね。当初から同じスタンスですか?最初の頃は「ひたすら描く」に尽きますね。平均したら1日15時間くらいかな。3日間描いて半日寝るとか、とにかく吐き出そうと思って。溜まっていたもの、湧いてくるものを全部吐き出したら、ようやくコンセプトが見えてきた。それが「自己投影」。 ファッションとは正反対です。そっちではコンセプトメークが先にあって、そこから組み立てていましたけど、私がアートでやっているのは自分自身を発見していくこと、つまり一番正直な自分を出すこと。どれだけ裸になれるか、どうやってその部分を引き出すかが重要になってくる。自分の経験がどういった形でアウトプットされるか、それを見てみたいんです。 Abstract Bouquet (Navy x Purple) 33.3×24.2cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら ご自身の経験をベースにしているとインプットが大変じゃありませんか?最初の3年で尽きましたね(笑)。30年の人生が、3年で底を突いた。でも、それは上澄の30年だと思っています。もっと掘り下げられると思うんです。自分の本質が何か、自分のベースが何か、この3年で自分の30年を振り返ることが出来た。3年かけて、ようやく自分が分かってきた気がするんです。だから、これから色んなものを取り入れ、新しくつくっていく。 最近では墨を使用した作品も増えました。その変化は意図的なものですか?私の作品は、やはり、私自身と連動しているから変わりはするんです。物質的にも精神的にも、昔と全く同じような絵を描けと言われても、それはすごく難しい。変わりはするけど、でも言えることは、今自分がやっていることに嘘がないということ。本当に疑問が湧かないんですね。さっきも話に出ましたけど、私の絵はいかに裸になれるか、自分に正直になれるかが重要。だから、それを基準に考えるのであれば、今やっていることに間違いがないことは断言できると思います。一方で素材については常にアップデートを心がけていますね。水彩も試したし、銅版も油彩も、日本画も、あとは粘土など色々と試した。その結果、自分の性質に合うのが墨だなと。 Abstract Single Flower (Sax x...

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