水曜日, 7月 28, 2021
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現象と想像力の冒険。

絵画とは異なり、実物や物を題材にした写真の表現は、被写体によって多少制限されます。被写体の選び方、照明の当て方、場所の設定、作家と被写体との距離感、あるいは全く手を加えない自然な撮り方。アーティストが想像力の魔法で現実を捉えていく様は、とても興味深い体験です。 福嶋幸平 KEISUKE UCHDA KEISUKE UCHDA 詳細はこちら 梅川 良満 詳細はこちら Yasuaki Matsumoto 詳細はこちら Yumiko Kamoto 詳細はこちら Shinya Rachi 詳細はこちら JG. Heckelmann 詳細はこちら

誠実さと自己投影の絵画について。Yuta Okudaインタビュー

「自分のやっていることに嘘はない」とyuta okudaは語る。細密画と墨を用いるペインターである彼に、真摯さを何よりも最も尊ぶという制作姿勢を始め、その作品について話を聞いた。 細密画の技法をベースにした生き物のペインティングが多い印象ですが、まずは作品について簡単にご説明願えますか?-自分の作品は全て、無意識の自己投影と自己解釈がベースになっています。無意識のレベルで生き物たちの単体の作品を思い浮かべ、それを意識レベルでコンセプトワーク、例えば般若やマリリンや狛犬などにしていきます。無意識で描きたい題材は、常に花や生きもので、そこから美と醜、愛と嫉妬、生と死など相反する二つのテーマを1枚の中に表現しています。モチーフは常に生きものたちで『beautiful foodchain』コンセプトに、自然の摂理の美しさを描いています。作品の表現手法は年々、ここ数年で、線のみの計算された細密画から、墨のにじみを使った偶然性を線画で活かした作品へと変化してきていますね。環境や心の変化が大きく影響だと思うのですが。それから細かい線画を描く理由は、おそらく気質だろうと思いますね。 デザイナー出身だそうですが、アーティストになったきっかけは?-きっかけは色々とありますが、第一には、きっとアーティストになりたい気持ちが強かったからだと思います。デザイナーとアーティストとでは、全く性質が違いますから。デザイナーとしての私は「柄に力を入れる」類の、非常にクリエイティブ志向の強いタイプでした。でも商業デザイナーに個性は求められない。決まったデザインを、決まった通りに、決まったスケジュールでこなしていくことが必要。それが、思ったよりもストレスだった。だからスタートは「ただ自分の描きたい絵を描きたい」という、本当にそれだけだったと思います。 そうして、すぐに絵を描き始めたのですか?-いいえ、最初は自宅で描いているだけでした。ストレス発散の意味合いが強かったですね。ただひたすら描く。今見返すと、その頃の絵は、すごく密度が高く見える。必死というか、鬼気迫る印象という方が近いのかな。本当にストレス発散だったし、負の感情を吐き出している感じでしたね。人に見せることなんか考えても見ませんでしたね。全く、これっぽちも。言わば毒素ですから、自分の(笑)。 それでも発表活動をされた、つまりプロのアーティストとしてスタートを切ったわけですよね。-認めてくれた人たちがいたんです、私の絵を。自分のネガティブが丸出しになった絵を「いいね」と言ってくれる人たちがいた。驚きでしたね。驚きだったし、有り体に言えば、気持ちが良かった。商業デザイナーでは、そんなこと絶対にないですから。ファッションでは取り繕いをしていたけど、絵画は裸。その部分を見せて、評価してもらえたことが嬉しかった。そんな時期に友人のアーティストを見たりして、その姿に嫉妬し、「自分も」と考えました。アーティストを目指したいと思ったのは、だから嫉妬心かも。それでもやるならプロとして、趣味ではなく、生半可な気持ちは捨てようと思っていました。やるなら、徹底的にやろうと。 作品は自己投影的と仰っていましたね。制作のプロセスは、当初から「無意識→意識」のように定まっていたのですか?-最初の頃は、もうひたすら描く、に尽きますね。平均したら1日15時間くらいかな。3日間描いて半日寝るとか、とにかく吐き出そうと思って。溜まっていたもの、湧いてくるものを全部吐き出したら、ようやくコンセプトが見えてきた。それが「自己投影」。ファッションとは逆ですね。そっちではコンセプトメークが先にあって、そこから組み立てていましたけど、私がアートでやっているのは自分自身を発見していくこと、つまり一番正直な自分を出すこと。どれだけ裸になれるか、どうやってその部分を引き出すかが重要になってくる。自分の経験がどういった形でアウトプットされるか、それを見てみたいんです。 ですが、ご自身の経験をベースにしているとインプットが大変じゃありませんか?-最初の3年で尽きましたね(笑)。30年の人生が、3年で底を突いた。でも、それは上澄の30年だと思っています。もっと掘り下げられると思うんです。自分の本質が何か、自分のベースが何か、この3年で自分の30年を振り返ることが出来た。3年かけて、ようやく自分が分かってきた気がするんです。だから、これから色んなものを取り入れ、新しくつくっていく。今は第二のスタートに立っている気分ですね。 最近では初期の細密画に加え、墨などを使用した作品も増えました。その変化は意図的なものですか?-私の作品は、やはり、私自身と連動しているから変わりはする。物質的にも精神的にも、昔と全く同じような絵を描けと言われても、それはすごく難しい。変わりはするけど、でも言えることは、今自分がやっていることに嘘がないということ。本当に疑問が湧かないんですね。さっきも話に出ましたけど、私の絵はいかに裸になれるか、自分に正直になれるかが重要。だから、それを基準に考えるのであれば、今やっていることに間違いがないことは断言できると思います。一方で制作や技法のことを言えば、まず大作や多作の点が課題ですね。以前は絵を描いて食べれること自体が幸せでしたが、今は目標をより上に置いているせいもあり、今後は作品の点数にも気を付けていきたい。他にも、例えば素材については常にアップデートをかけるように心がけていますね。水彩も試したし、銅版も油彩も、日本画も、あとは粘土など色々と試した。その結果、自分の性質に合うのが墨だなと。 3年間の制作と発表という形でご自身の整理整頓をして、新しい目標と課題も見えてきて、今は次のステップを目指されると。その目標は、もう具体的に見えているんですか?-私の作品は自己投影なので、やはり、将来のビジョンの全てがはっきりとはしていません。言えることは、それでも自分に嘘はないということ。制作では裸でありたいし、正直でありたい。だから自ずと出て来る自分の経験を活かしたいですね。先ほども少し出ましたが、私の絵は、無意識のレベルで言えば常に花や生きもの、その美と醜や生と死に言及しています。自分の見たいもの、見ようとしているもの、絵画として描きたい者が少しずつ明確になってきている。ようやく空っぽに慣れたので、これからは様々な経験を取り入れ、それを絵画に練り上げていく仕事が待っていると思います。多分、絵はどんどん変わっていく。今の私と、絵を描き始めた当初の私は違う。だから昔のような切羽詰まった雰囲気ではないかもしれません。でも、変わる部分があることが悪いとは思わないんです。むしろ環境や自分の変化を理解しつつ、取り入れつつ、いかに自分だけの絵画を描いていくかを考えていきたい。どう変わっても、私の場合は自分の活動に嘘がなく、疑問がなく、正直であるならば大丈夫なんです。私にとって絵は一番の裸の部分、正直な部分を見せることですから。

永遠の創造のエネルギー、アーティストであることの鍵となる力

アートを通して光と時間を求める大平奨が個展を開催します。 TRiCERAの注目作家の一人である大平奨は、東京・京橋のギャラリーひのきにて個展を開催しています。今年で70歳になったが、彼は決して負けずに 芸術家であることのキーパワーである創造への情熱と永遠のエネルギー。 本展、大平奨の個展は、大平奨の創作意欲の状況証拠となる。大平奨は1949年山口県に生まれ、現在は日本とフランスを拠点に活動しています。 作品の印象は、若い作家が作ったかのようなどこかオシャレな感じ。日常の風景を淡々と描いているので、抽象画と具象画の中間のような作品になっています。 また、彼の作品の特徴の一つは、円の浮遊感です。彼の作品では、風景を描きながらたくさんの円を描いています。円を通して抽象的な概念である「時間」を視覚化し、それを大きさや色の異なる円を描くことで表現しています。晋にとって、自分の作品は光と時間を求める作品であると考えています。 今回の展覧会では、彼の絵画だけでなく、新作も展示します。長らくアクリル画を描いてきた作家ですが、現在はアクリル画から写真を使ったミクストメディア作品へとフィールドを広げています。写真のひび割れはすべて金色の線で覆われ、透明な円が浮かび上がっています。 同じ風景をベースにしながらも、素材によって表現が異なるものもあれば、絵画として表現されたもの、写真作品として表現されたものもあります。これらの作品では、素材の違いによる感覚の変化を楽しむことができます。 国内だけでなく、海外でも年に2、3回は展覧会に参加し続けている大平。これだけ精力的に活動していても、決して満足することはなく、今の頻度以上に海外での展覧会を開催したいと考えているそうです。アーティストとしての長いキャリアを経て70歳を迎えた大平氏だが、その創作へのエネルギーは今もなお強力だ。彼の仕事への感覚が年を取らないのは、作品作りへの飽くなき情熱と努力があるからなのかもしれません。 大平奨個展(ギャラリーひのき) 開催日:2019年10月7日(月)~10月12日(土) 2019年10月7日(月)~10月12日(土)時間。11:30~19:00 土(最終日):11:30~17:00 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。 

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絵画が引き起こす化学反応が見たい – 林香苗武 インタビュー –

2011年から平面表現における速度を主題とし、制作・発表してきた林香苗武。2015年には未来派のように「速度主義宣言」を出すなど美術史をオマージュするような活動を展開してきた彼女に、今回はこれまでの経歴や作品、制作について話を聞いた。 ダンス 42 × 29.7cm, Giclee Printing on paper, edition:50 作品はこちらから 林さんは速度をテーマに制作を続けてきました。平面における速さを造形的に追求する姿勢は未来派を思わせますが、一方ではそこから独立している様子も感じられます。まずは現在の作品の成り立ちから伺えますか。  速度についてはこれまでもずっと考えてきたことではあるんですが、ただ未来派との関係について言えば意識し始めたのは2015年くらいです。2015年というと、自分の中では作品が変わってきた時期なんですけど、それまでの作品は構図的には人物を中心にそえていたんですが、ただ人物が中心にいる構図はたくさん描いてくるうちにどうしても打ち止めになっていった。人物は顔と手と足、あとは胴体の5つのパートに分解できるんですけど、それを線に置き換えて考えると、極端な話をすれば要するに5本の線をどう動かすかという話になる。シンプルですけど、だからこそその作風を続けていくことに限界を感じていたんです。変わっていかなきゃいけないなとは考え始めたのが2013年頃でした。もっと実験的なことを作品でしなくては、と。そしたら2015年頃から周りから「未来派っぽい」と言われることが多くなってきて、あとはロシア・アヴァンギャルドとか、その辺りの美術史の流れと比べてみられることが多くなった。当時はあまり興味がなかったし、「何か言われてるな」程度で、詳しくは知らなかったんですね。だけど「よく言われるけど自分はそれを知らない」という状況が段々と嫌になってきた。じゃあひとつ調べてみようと。日本には文献が乏しかったのですけど、でも調べる中で「どうやら速度をテーマにしている人たちらしい」と知り、彼らの世界観も好きになっていったんです。  そして2015年に『速度主義宣言』を出すに至るわけですね。『未来派宣言』にも通じるアクションですが、当時はどういう意図があったんですか。  宣言そのままというか、「しばらくこういう運動をやっていきます」という意思表示をするためでした。あれはマニュフェストなので、未来派の人たち同様、宣言をチラシにして配ったりして。それを当時、周囲がけっこう面白がってくれたかたちになったんですね。「今後どうやっていくのか」みたいな。 私としては戦闘態勢に入った心持ちでした。「こういうことをやっていくぞ」と。当時はずっと絵を描いていたんですけど、でも私としては絵なんて描いている場合じゃないんだという精神状態になっていて。まっすぐにコンセプチュアル・アートをやらないといけないと。空間でアプローチすることをしないと勝てないんじゃないかと。 未来派の流れを引用しながらインスタレーションにシフトしていった。林さんは比較的早期にキャリアをスタートさせましたと思いますが、当初からペインティングがメインでしたよね。  2010年に大学へ入って、翌年から少しずつ動き出したので、確かに早い方だったかもしれません。公募展で賞を頂いて、それをきっかけにして。ただインスタレーションをしていた時期は自分の絵に対してすごい嫌悪感があったんですね。周りからは「格好良い」と言って頂くことが多かったんですけど、でも自分の中では「どうしてこんなに考えて描いてるのにイラストみたいに扱うんだ!」という気持ちがあって。格好良いとかなんとか言われても、結局のところそれは消費されているだけじゃなんじゃないかって。もっと消費されない方法でアートをしなくちゃならないと考えていた時期でした。  ある意味では周囲の評価や認識に対するアンチテーゼとしてのアプローチが空間芸術だったし、その理論的な裏付けが未来派でもあった。でもそういう気持ちは時間が経つにつれて大人しくなっていくんですよね。天邪鬼なことかもしれませんけれど、でも段々と絵がやりたいと思うになってきた。というより、そう思えるようになれた。時間のおかげもありますね。絵画でやっていないことは何かについて考えてみたくなったし、今も続いていますけど、絵をやってみたいという気持ちが強くなっていったんですね。それに、そもそも私は絵に対して真摯な姿勢ってものがなかったんじゃないかと。キャンバスの中で一つの作品をつくろうっていう姿勢自体が私の中で根付いていなかったんですよ。油絵具を手に取って何かを描くとか、初歩的なところからもう一度学び直した方がいいのではと考えて。そう考えた時に未来派という流れは私にとって後付けに近かったし、当時の感覚としてはやっぱり「これはもうやられていることだよな」という疑問が頭のどこかにはあった。それに私一人が速度云々と言っていても果たして先があるのか、とか。それで去年の4月にイタリアに行ったんですけど、そこでお別れをして来たんですね。未来派の人たちが活動していた場所で、未来派に対して。「今までありがとうございました」と。「私はこれからやりたいことをやります」という意味を込めて。  絵画に戻って来た。絵画の領域で何がやりたいのかは今もまだはっきりしていないんですけど、でも絵画とイラストについてはずっと考えていて。一方ではそれが障害でもあるんですよ。絵画とイラストの断絶みたいなものが永遠に埋まらないんですね。イラストとして見られていた頃は反発心とか苛立ちを感じていて、速度主義と言ってた頃は美術史や絵画の歴史に組み込まれた錯覚をしていた。絵画とイラストを融合させようという試みは美術史の中で行われて来たことですけど、でも今や断絶っていう言葉さえ薄れて来ている気がする。それにその感覚って本当に重要か?と。「いやどうでもいいでしょう」と。もっとやりたいことやればいいでしょうという感覚になって来た。 そもそも私が描いていること、描くことにおいて重要なのは線なんですけど、それはすごくイラストとの境を曖昧にしている理由でもある。最近はデジタルのドローイングもしていて、そうすると、つまりデジタルだとテクスチャーがほとんど関係なくなるわけなんですけど、それによってますます線描の特性が明確になってくる。色だとか絵具の重なりだとかがあまり重要視されない世界で、それよりは何か強い形を生み出すことにどんどん執着をしていくんですね。やり方を変えても行き着くところは線で、その線をどうするか。ある意味で形を叩き込むことに似ているんですよ。  そもそも林さんにとって描くという行為がどういう位置にあるか伺いたいんですが、絵を描き始めたきっかけは何でしたか。  ごくごく普通というか、よくある話で絵を描くと人が喜でくれて、それを面白がっていた感じです。実家がワイン農家で、売店の2階に住んでいたんですけど、親がよく売店につれていってくれて。お客さんに似顔絵を描くと喜んでくれて。それが楽しかったし、今もそれを面白がっているところはありますね。  林さんにとって絵画あるいは絵を描くことは装置に似た意味合いがありますか? あると思いますね。何かを描きたい…というよりは私の描いた何かによって何かが起こることが一番良いとは思っていて。だからこそインスタレーションのアプローチも出来たのかもしれませんけど。  背景について話を伸ばしたいのですが、触れていたカルチャーも絵が多かったですか。  その点で言うと漫画ですね。漫画は大切だし、私の人生にとって絶対になくてはならないものかもしれない。漫画とか、あとアニメーション。線が動いていることが重要なのかなと思いますけど。 あとは音楽…というより音ですね。生活の中では基本的に音が流れてる。好きな歌手とかよりも曲というか、音ですね。音そのもの。音楽って私の中では一番速いメディアなんです。もはや音楽とか音は私にとって「速いモノ」だと思っていて。  速度の話が出て来ましたが、林さんの作品でも速度は重要な要素でもあります。  やっぱり私は速度っていうものがすごく好きなんですね。motoGPというバイクレースがあるんですけど、そのレースに出ているバイクってものすごい速度が出るんですよ。300キロ以上かな。もうレースを見るっていう感覚ではない。ものすごい速度の物体が目の前を通り過ぎていく感覚で、はっきり感じられるのはエンジンの音だけ。「あ、これが速さなんだ」っていうことが体感的に理解できるんですね。私の絵では速さのフォルムを追求しているふしがあると思うんですけど、一方では「速さとは何か」って命題もあって。例えば光の速度と言われたりしますけど、でもその速度を見た人は誰もいない。速度が速くなったり、反対に遅くなったりすることは知っているし、日々感じることではある。でもそもそも速度とは何か。誰も速度を見ている人はいないんじゃないかって。それってすごく神秘的だし、ドラマチックだと思うんですよ。  速度という概念は物理以外にも応用されますよね。例えば都市部とそれ以外では流れている時間が違っていると言われたり。現代と100年前では都市生活者の時速は違うと思いますが、そのことについて考えることはありますか? 私の感覚として「ひとが密集していると速度は速いし、逆にスカスカだと速度は遅い」というのがあって。私が東京に出て来た10年前はそれこそ神秘的な感じでした。東京の速さが凄まじかった。速度的な神話の世界にきて、それを享受している、みたいな。でも10年も経つとその速さが鬱陶しくなってきて、それを楽しむ余裕がなくなってくる。単純に疲れてきているのかな、と。人間というハード自体が速度に追いついてないのかもしれない。ゲームなんかしていても今はロードタイムってほとんどない。すごく安価にテクノロジーが楽しめて、すごく色々なことが簡略化されている。家にいても外にいても、もうあらゆるところで、あらゆることがシームレスになっている。でも脳味噌がそれに疲れてるんじゃないかなって。でも、ある程度の速度がないと人間はもうイライラしてしまいますよね。そこが面白いところでもあるんですけど。 自然の現象としても、社会や生活のシステムとしても、速度はあらゆる場面で私達にか関わっている。 しかもそれとは分からない姿で。誰にも見えないわけですよね。だから速度はいつまでも神秘でいてくれるんだと思いますね。 プロフィール長野県生まれ。2011年より平面表現における速度を主題とし、制作活動を続けている。 2015年に速度主義宣言を発表。 主な個展に「大木と巨大キツツキ」(Clear Edition & Gallery/2015)、「速度の神」(WISH LESS gallery /2019)など。 林香苗武によるエディション作品はこちらから

上床加奈 / 中島健太 / 野田怜眞による版画作品

TRiCERA人気作家による版画販売 先行予約はこちらhttps://forms.gle/tugNmB9D1QEhPLSq5 この度、TRiCERAではフジテレビのWEBメディア「フジテレビュー」に登場したアーティスト 上床加奈、中島健太、野田怜眞の3名のアーティストの版画作品を予約抽選販売致します。【販売に関する諸注意】(1) 作品にアーティスト直筆サイン、エディションナンバー入り。(2) 数量限定のため、在庫が無くなり次第販売は終了となります。(3) エディションナンバーは選択出来ません。(4) 作品の配送は本発売(2020年10月15日予定)より約2週間から1ヶ月のお時間を頂きます。(5) 下記の作品の仕様は制作前のものであり変更が生じる場合がございます。(6) お一人様一作品あたり2点までご予約いただくことが可能です。 上床 加奈《Blood 6》 アーティスト:上床 加奈 Kana Uwatoko タイトル : Blood 6 エディション:30 イメージサイズ(作品の図の大きさ):176 × 700mm シートサイズ(用紙の大きさ):196 × 720mmジクレープリント・ホログラム加工...

日本と西洋の間の絵画を描いている。

 オーストラリア在住の大泉沙知は、最初は油絵を学び、その後日本画を学び始めました。彼女の作品の特徴は、洋画の油絵と日本画の伝統的な画風を併せ持つことです。日本以外の国に長く住んでいたこともあり、「日本人と外国人のハーフ」と表現しています。異文化への感性を持っているからこそ、多様な作品を生み出すことができるのです。 日本画を始めたきっかけは? -オーストラリアに移住してから日本画を始めました。メルボルンのアンティークショップで日本画を見つけて、美しいと思ったのがきっかけです。私自身が日本人であるにも関わらず、日本にいない時に日本を客観的に見ていることに気付きました。だから、海外に住んでみて日本画の特徴に気がつきました。 日本画は絵画の表現だけではなく、生物でもあると思うんです。有機的な素材を使っているからかもしれませんが、有機的な世界が日本画の魅力の一つだと思います。 Samantha Summer Solstice, 116×116cm 油絵と日本画では画材や手法が違います。どうやって慣れたんですか? -ーーそうですね。作り方が大きく変わりましたね。油絵はインスピレーションが大事で、それに頼っていました。でも、日本画は根気が必要なんですよ。準備が全てで、一つ一つの工程がはっきりしている。先を考えて描くチェスのようなものですね。過程だけでなく、作品に対する姿勢も変わってきたかもしれません。 アプローチの仕方や制作の仕方を変えるのは大変そうですね。どうやって適応したんですか? -そうですね、大変だったかもしれません。でも、オーストラリアに引っ越してきた時に、全く絵が描けなかった時期がありました。たぶん7~8年くらいは全然描けなかったんですよ。 オーストラリアは自然が豊かだったので、絵が描けない時は昆虫採集をしたりしていました。それが影響してか、日本画の有機的な部分に興味を持つようになりました。有機的なものや自然環境などの大きな枠組みを見ていると、それまでやっていたインスピレーションに満ちた創作は、とてもナルシストで小さく感じられました。 An Asian plum, 14×18cm それで仕事を見直されたんですか? -そうですね、もっと広い世界が見えた気がしました。そこから「本物の絵とは何か」ということを自問自答するようになりました。 その時に思ったのは、20代と60代の頃に作った作品と、20代の頃に作った作品の方が良いという比較をしていたんです。それをきっかけに、もっと真剣に自分の絵と向き合わなければいけないと思いました。 モチーフやテーマは何ですか? -リザードがよく家に来るので、それをスケッチしてモチーフにしています。私の絵の世界はどちらかというと抽象的な世界だと思います。手前に有機物を使うことが多いので、背景に世界が見えるようにしています。金色は説得力があるのでよく使います。 Jungle garden, 72×100cm 今後の活動について教えてください。 -日本画の経験がまだ少ないので、もっと勉強したいです。日本画は技術がとても重要なので、もっと技術を磨いていきたいです。また、私自身は日本人ですが、海外での生活が長くなってきたので、「フル」というよりは「ハーフ」になってきています。円山応挙のような古い伝統的な絵画が好きなので、日本の文化を海外に広めていきたいです。

富士山と絵画の蜜月関係

 現在の静岡県と山梨県の間に聳える世界遺産「富士山」。  日本一の高さを誇るこの山は古来より、神仙が宿る山として崇められていた。それは、日本一の山であると同時に、圧倒的に美しい稜線を誇っているからに他ならない。また一方で、噴煙を上げる火の山として畏怖の念を抱かせる存在だったことも一つの要因だろう。  さて、周知の通り富士山は日本画でも人気の題材であった。しかし、現在でもただの自然の一部ではなく、一つの山に宗教性、芸術性を見出してきた日本人の自然観や文化観は衰えていないようだ。本記事では富士山を描くアーティストを紹介する。 中島健太/Kenta Nakajima 作家の詳細はこちらから やまゆりの/Yurino Yama 作家の詳細はこちらから 麻生彩花/Ayaka Aso 作家の詳細はこちらから YUKIMI 作家の詳細はこちらから 高橋浩規/Hiroki Takahashi 作家の詳細はこちらから 松崎大輔/Daisuke Kawai 作家の詳細はこちらから 河合眞平/Shinpei Kawai 作家の詳細はこちらから deTaka 作家の詳細はこちらから  同一のモチーフでいえば、富士山以上長い間繰り返し描かれたものはないのではないだろうか。しかし、それでも飽きがこないのは日本画誇る美しき霊峰とアーティストのなせる業なのだろう。

Feature Post

人間にとっての動物、もしくは動物にとっての世界の話。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『小貂を抱く貴婦人』とは−言うまでもなく著名な作品ではあるけれど−上品そうな女性がオコジョを腕に抱いているにおける、54.8 cm × 40.3 cmのペインティングだ。オコジョは純潔性の象徴らしいが、一方で14-5世紀の貴族の間では著名なペットでもあったという。 人と動物の共生の歴史は長く古く、遡ればラスコーの時代から人々は動物を飼い慣らし、時に愛玩し、時に狩のパートナーとして生活を共にしてきた。 古代エジプトでは動物に名前を与えていたし、古代ギリシャでは亡くなった犬のために墓穴を掘り、墓石を建て、飼い主はその墓にメッセージを刻みつけて悲しみを形容する習慣があった。 作品の詳細はこちらから かくも長い歴史だが、とはいえ、動物が絵画の題材となり始めたのは、動向としては、主に17-8世紀頃のことだった。 博物学の一環として動植物がイラストレーションされることは多々あった。けれど「動物画」として、つまり絵画の一ジャンルとしてフラン・スナイダーズやジョージ・スタッブスのように動物をメインをモチーフとした画家たちの登場はその時期を待たなくていけない。 では、なぜ人は動物の絵を描くのだろうか。 第一に、ダ・ヴィンチ のような象徴的用法もあるだろう。実在する動物ではないが(少なくとも筆者は見たことがない)、例えばユニコーンは、少女の清らかさを指し示すモチーフとして15世紀の絵画界で使用された。 この象徴という見方は、絵画の中に動物がいることについて一種のストーリーを読み取ることを許すだろう。例えば少女と動物をモチーフにするSELUGI KIMの作品を見てみよう。 作品の詳細はこちらから 彼女の絵画の中の少女が一緒にいるのは友人でも家族でも、ましてや学校の先生でもミッキー・マウスでもなく、一匹のフラミンゴだ。 「文化と愛という名のもと、社会では偽装が多く行われている」と彼女は語るが、その言葉と共に鑑賞すると、フラミンゴと少女しかいない世界は社会の矛盾や清廉さとは反対の、ある種の理想郷的な世界を物語っている様を読み取りたくなる。 作品の詳細はこちらから 動物の「イメージ」という点ではどうだろう。 例えば狼は『赤ずきんちゃん』『三匹のこぶた』など物語の中では常に悪役だ。そして狼と聞けば、どうだろう、善良的なモラリストをイメージすることは少ないのではないか。この物語が作り出した狼の運命について、苅谷はそれとなく言及している。 人間によって紡がれ、語られて来た物語のおかげ嫌われ者になってしまった狼。ある種のイメージ操作の結果をを、そしてそのイメージを固定し続ける者たちの姿を、彼女は公平な視点から描き出している。 作品の詳細はこちらから ペットという視点ではどうだろうか? 人はペットを、自分たちの異種の家族を、どう描いてきただろう。そのストーリーはどうだろうか。 萩原のペインティングにおけるペットは、ある意味、現代の風俗が見て取れる。 〈we use botanical shampoo〉と名付けられた作品に描かれる犬たちは、思うに、普段からボタニカル・シャンプーで身を清めているに違いない。 作品の詳細はこちらから 反面、ペットの視点から描かれた作品も存在する。久保俊太郎の絵画がそれだ。...

星へ旅する時代のアートとは

星座の歴史は今から約5,000年前にまで遡るという。 メソポタミアの羊飼が星空を見上げながら、星々を結び作られたというそれは、古くから我々人類が宇宙に漠然と惹かれてきたことの良い証拠だろう。 アートにおいても星空や星座を題材としたものは散見されたが、今やアポロ11号の月面着陸から50年以上。サイエンスの力によって、宇宙の秘密が徐々に解き明かされつつある今、宇宙を題材にした作品もまた変化したのか? 内藤博信/Hironobu Naito 日本人に限らず、また人間の今昔に関わらず、ひとは月に心奪われてきた。内藤は月に憧憬する人間の心情を、岩絵具で叙情性たっぷりに描く。 彼は、ふと見上げた空に月が輝くのを見たときに、自分の生きてきた時を振り返り、心の「静寂」を感じるという。粗めの絵具を用いて描かれる青い月は鑑賞者に穏やかな静寂が訪れるだろう。 作家の詳細はこちらから 椛田ちひろ/Chihiro Kabata 黒色ボールペンでインクジェット紙などの上に不定形なかたちを描くことで知られる椛田。ボールペンの動きは繊細かつ力強く様々な対象を描く。 宇宙に点在する惑星は、観察されるものから人間のイマジネーションの加工を施すことによってアウトプットされてきた。しかし、椛田の「惑星」はとても存在し得ないと思われるような抽象的な形状をしている。しかしその観念的とも言える表現には「見知らぬ」こその未知の魔力潜んでいる。 作家の詳細はこちらから 前川奈緒美/Maegawa Naomi 前川は星の性質、自分の創作を同一化させる。 「星は自身の最期を迎える時に、自身で自分の中枢に向かって物質を破壊し、爆発し、元素を撒き散らし、その存在が消えるらしい。私自身、自分の中枢、わたしを知りたいと想い続け絵画を描いている。」「すべては繋がっている。」と語る前川の作品はエネルギーに満ち満ちているようだ。 オイルバー(油絵の具と蜜蝋で固めた物)や時に自身の手指も筆の代わりに使用し、身体とキャンバスの一体化を図る。 作家の詳細はこちらから 宇宙は言うまでもなく広い。広さが分からないくらいに。科学がいくら育とうと、少なくとも今現在、その全てなど知り得ないかもしれない。しかし、だからこそ、今後も人類最大の浪漫であり続ける宇宙に想いを馳せずにはいられない。

ART & TIPS – 作品の額装から保管まで –

アートを買いたいけど額装が分からない。アートを買ったけど保管の方法が分からない。などなど、この記事では「アートを買う上・持つ上で分からないこと」を解説します。 アートとの暮らし方 - 額装から修復まで - 100万円の絵を買うために - 分割払いってアリ?ナシ? - アートと末長く、いつまでも - 買った作品は売ってもいいの? ダメなの? - アートとの暮らし方 - 額装から修復まで - 実はワタクシ、作品を購入しまして。しかもはじめて! お、いいですね。どんな作品を買ったの? ドローイングなんですけど、ギャラリーの人に「額はついてないんですけど、額装しますか?」って聞かれて一瞬困ったんですよね。「え...額装ってなにさ!?」って。 はじめてだとそうだよね。 そうなんですよ。でも、そもそも絵画には額装されているもの、そうでないものがありますよね。何が違うんですか? 一番は作品の違いだね。絵画にはキャンバスや木製パネルに描かれたもの、紙に描かれたものがあって、キャンバスならそのまま壁に掛けることが出来るけど、でも紙の作品は壁に掛けにくいですよね。だから額縁に入れて飾りやすくするんですよ。 あ、じゃあ写真とかプリントも紙だから額装はしますか? そのケースが多いね。額縁にも種類があって、いわゆる枠がついた額縁もあるし、アクリルやガラスに挟んだだけのものもあるよ。作品を買ったところに「この作品を額装したいんですけど、おすすめはありますか?」と聞けば案内してくれると思うよ。 私の買ったドローイングは紙に描かれているから額装した方がいいんですね。「壁に掛ける」って具体的にどうするんですか? お母さんが「紙なら壁にはっつけちゃえば?」って言ってたんですけど、でもちょっと抵抗あって...。 壁に金具を取り付けたり、ピクチャーレールと呼ばれる器具を取り付けたり、方法は色々あるね。直接くっつけるのは、作品を傷つけることもあるからオススメはしないかな。 え...金具や器具を取り付けるって...壁に穴を開けるんですか...? うちは賃貸だからちょっと気になりますね...。大家さんに原復しろ!って言われたら怖い...。 特殊な練りゴムをつけて壁を傷つけない方法もあって、ひっつき虫とか呼んだりするんだけど、画材屋さんやホームセンターに行って聞くと詳しく教えてくれるよ。 なるほどー。でも飾らない時ってどうしたらいいんですか? 押入れで保管していいものですか? 作品によっては湿気が苦手だったりするから、注意は必要だね。特に紙は湿気に弱いし耐久性も低いから。「湿気・温度・日差し・虫食い」は、紙に限らず、作品を保管する上で要注意のエネミーだね。一般的にはすのこを下に敷いて、出来る限り陽の当たらない場所に置いた方がいいかな。紙の場合は箱に入れてあげてね。 ふーん。倉庫とかで預かってくれないんですか? 倉庫ももちろんアリだよ。だけどアートを専門にしているか?は要確認だね。湿温対策や防虫対策をしているかはチェックした方がいいかな。あとはお財布とご相談。 それでも傷んじゃうことってありますよね。子供がぶつかってしまったり、地震が来たりして...。私って家でパーティしたりするので、結構ひとが来るんですよね。 修復士という、作品の修繕を専門にしている人もいるよ。でも、まずは作品を買ったギャラリーや作家さんに聞いてみるといいかもしれないね。作品を一番分かっているのは作家さんとギャラリーだから。 100万円の絵を買うために -...

ミレニアル世代の私たちがモダンアートを買うべき理由

 私たちは、より洗練された未来を形作っています。 私たちミレニアルズは 1988年生まれの私を含めて まるで「FRIENDS」のフィービーとレイチェルの ハイブリッドのようなものです どのようにして?私たちは、フリーマーケットで買った感傷的な愛着のあるアンティークが好きなPhoebeのように、独自性と信頼性を切望しています。しかし、Pottery Barnの新品のアンティーク調の家具を選ぶレイチェルのように、人気と安全性も求めています。 私たちのハイブリッドなライフスタイルを見てみましょう。私たちはファッションのセンスが抜群で、古着屋で買ったジャケットやグッチのバッグの着こなし方を熟知しています。私たちはアナログとデジタルの技術に精通しており、スマートフォン、YouTube、ジャスティン・ビーバーがどのように私たちの生活を形成してきたかを目の当たりにしてきました。旅行にも熱心で、SNSでは何百万人もの人が撮った写真を投稿して自己ブランディングをしています。プライドパレードに参加したり、グレタ・トゥンバーグと一緒に行進したりと、人権や環境問題のネガティブな継承に取り組んでいます。そして、そう、私たちは皮肉が好きなのです。それでも、私たちは、比較的、素晴らしいことをしていませんか?私たちは確かに新しい時代を形作る洗練された心を持っています。  オーガニックを選びますか?ウォールアートも選びましょう。 私は、アートを買うことは、あなたの食料品をどこで買うかを選ぶことと何ら異なるべきではないと信じています。私たちの世代は、前例よりも私たちが食べるものを気にしています。私たちは、有機野菜や人工香料の入っていない食品を買うためにホールフーズマーケットに行きます。または週末のファーマーズマーケットで、私たちは生産者から直接新鮮な食品を購入します。お金はかかるかもしれませんが、私たちは自分自身の健康だけでなく、地元の生産者の持続可能性を促進していることを知っています。美味しい食べ物は、私たちの日常生活を豊かにしてくれます。 では、アートはどうでしょうか?フリーマーケットでは、地元のアーティストが素晴らしい絵画や手工芸品を売っているのを目にします。なぜでしょうか?私たちは、ブランド名のついた工場で作られた複製品に同じ金額のお金を使う方がいいからです。自分たちを「教養人」と呼ぶために、私たちは美術館にお金を払って、より古い世代が確立した芸術を見ることにしています。それは残念なことで、自分たちの好みのものはあまり見ないので、「自分は芸術を理解していない」と自分に言い聞かせているのです。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、家に置くことができない。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、それを家に置く余裕はないし、気に入ったものがあっても、家に置いておく余裕もない。真実は、私たちは私たちの時代の芸術を理解しているということです。それはInstagramやPinterestだけでなく、私たちの壁に私たちの多様な味をマニフェストするためにいまいましい時間です。 あなたの地元のファーマーズマーケットであるTRiCERAで食料品を買いましょう。 TRiCERAのようなオンラインアートマーケットのプラットフォームは、あなたの地元のマーケットです。アーティストが直接アートを持ち寄り、キュレーターが品質が保証されたものをセレクトする場所です。Pheobe Buffayのオリジナル作品をお手頃な価格で手に入れることができるとしたら?お気に入りの作品を毎日壁に飾って鑑賞することができます。ファクトリーアートでは味わえない筆致と繊細なディテールに、あなたはエネルギーを得ることができます。アーティストを支えるだけでなく、年々豊かになっていくとしたら?現代のアート市場は、アメリカの株式市場よりも有望であることが証明されています。あなたは文字通り見せびらかすことができるクールな投資をしています。あなたがTRiCERAでサポートしたアートやアーティストは、数年後にはオークションや美術館で見つかるかもしれません。ほら、あなたはトレンドを形成している人なのです。これが、私たちミレニアル世代とX世代の人々が、現代の美術館を再構築する方法なのです。 アートコレクターであることが意味をなす5つの例 これはフィクションです。名前、キャラクター、場所...は完全に偶然のものです。] Tracy - 28歳 - スムージーとヨガと猫が大好き。彼女のアパートは普段は散らかっているが、出会い系アプリでの自撮りやビデオチャットのためのコーナーを用意している。彼女はちょっと前衛的で、一生懸命遊ぶのが好き。 AIKA TAKAHATA, IN THE END, 32cm × 41cm https://www.tricera.net/painting/id81003010004 Dave - 35歳 - 一人目の甥っ子に甘いところがあり、二人目を妊娠中の妹エイミーのことを気にかけている。子どもの脳の発達に役立つと信じて、子ども部屋にアートをプレゼントしている。 YAMAKAWA...

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