木曜日, 6月 24, 2021
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プラットフォームとしてのアートフェア、展示会としてのアートフェア、そしてアートワークの一つとしてのアートフェア。




3331 Arts Chiyodaとは?

2010年に東京にオープンした小学校跡地を利用したアートスペース。地下1階、地上3階、屋上のスペースがあり、企画展やコンペなどが開催されています。スペースも用意されており、建物内にはいくつかのギャラリーがあります。
1階にはカフェも併設されており、近隣の方も訪れています。日常生活に寄り添ったアートを気軽に楽しむことができます。

アートワークとしての3331 Arts Chiyoda

興味深いことに、3331 Arts Chiyodaは、あるアーティストによって制作されました。主に彫刻やプロジェクト型の作品を発表してきた空間のディレクターであり、アーティストでもあるMasato Nakamuraの作品だ。
アートプロジェクトの継続性を持続可能な形で考えた結果、マネタイズの仕組みを持った組織としてアウトプットされた。

アートフェアを更新するアートフェア

3331 Arts Chiyodaは、3/18~3/22にアートフェアを開催します。2013年以来、9回目の開催となります。今回は62名のアーティスト、35のギャラリー、6つの美大が参加し、作品を発表します。
展示以外にもパフォーマンスやZINEイベントなども開催され、オーソドックスなアートフェアの枠に収まらない魅力があります。アートと社会との関わり方を考えるムーブメントとして楽しめるアートフェアです。


Etsu Egami, lure of passing each other ©︎EtsuEgami


Kaori Oda, cenote005

Masahiro Tobita 話し言葉プロジェクト「伝える服をつくる」(東北地方の女性たちとのワークショップより)

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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TRiCERAでは11月21日(土)から12月5日(土)までグループショー「NO BORDER」を開催します。この記事ではアーティストを選んだポイントや各アーティストの見所を解説したいと思います。 「分からなさ」を楽しむアート 今回はジャンルや線引きが難しく、型にはめて鑑賞することが出来ないような方々を選出しました。日本にも海外にも、それから今も昔も、アートにはいろいろなジャンルがあります。今回選んだアーティストは既存の枠組みからは説明が難しい方々が多いと思います。でも言葉に出来ないということは、それだけ新しさを持っているということの証拠かも。 目で見て楽しむことももちろんですが、その作品の魅力を言葉で楽しむことができる点は現代アートの特権かもしれません。絵具やキャンバスの裏側にあるアーティストの思考そのものを、ぜひ楽しんでみてください。 参加アーティストについて-注目するポイント- 平田尚也 | Naoya Hirata 平田さんは1991年長野出身のアーティストですが、特徴はなんと言ってもネット上から集めたデータを使って仮想空間で彫刻を制作するという姿勢。だから自分のことも彫刻家だと言います。平田さんは「空間性と時間性を持ったものが彫刻」だと考えていて、既存の空間や素材(鉄や木材)の捉え方が違うだけで、やっていることはトラディショナルな彫刻作品なのです。彼の作品は「デジタルとリアルは対義語なのか?」と考えさせられ、何より現代人である私たちにとっての空間や時間を問い直すきっかけにもなります。 預言者 2019 33 × 27.5cm アルミニウム合金にデジタルシルバープリント Edition1/3  作品の詳細を見る 畑直幸 | Naoyuki Hata 九州を拠点に活動している畑さんは、最近では被写体に色を塗って撮影するというスタイルで制作をしています。人間の目は光を反射によってものを見たり、色を判断したりしますが、畑さんの作品を見ていると、自分たちの目に見えている色は本当の色とは違うかもしれないなという思考と直結すると思います。ある意味、人間の視覚を試すような写真作品なんですね。 g/b//u/ #1 2020 29.7 × 42cm デジタルシルバープリント Edition1/10  作品の詳細を見る 斉木駿介 | Syunsuke Saiki 斉木さんはキャンバスをディスプレイに見立てた絵画を制作するペインター。情報やコミュニケーションの多くをスマホやPCに依存している私たちにとって端末のディスプレイは目そのもの、視界そのものに近いと思いますが、そういう現代人のパースペクティブであるディスプレイを模した斉木さんの絵画は、ある意味、存在それ自体がすごく立体的だと思います。私たちの目そのものを取り出したかのような、どこかシニカルさがありますよね。 日常とディストピア...

工芸は現代絵画にどのような影響を与えているのか?

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ドイツのアートメディアがコンテンツを無償で提供

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タケダヒロキ: 鮮やかな水彩画の動物たちの世界に生息する

水彩絵の具の美しさに惚れ込んで、それ以来、自分にしか作れない色に挑戦しています。 鮮やかな色彩と植物のモチーフを組み合わせ、動物のリアルなポートレートを描く独自のスタイルを確立した、日本発の新進水彩画家・タケダヒロキ。今回は、彼の作品の原点、独自のスタイルを確立した経緯、そして水彩画の魅力についてお話を伺いました。このインタビューは、わかりやすくするために軽く編集しています。 <a href="https://www.tricera.net/painting/id81000110006" 水彩画と植物と動物の融合 アーティストとしての道を見つける 鮮やかな色の融合 タケダヒロキのアートをどこで買うか 水彩画と植物と動物の融合 …私のアートは、動物、花、植物を組み合わせて、リアルでありながら魅力的な描写をするという点でユニークです。 作品のコンセプトを説明してください。どのような世界を表現しようとしているのか? 水彩絵の具の美しさに惚れ込み、自分にしか作れない色を目指して以来、水彩絵の具、植物のモチーフ、動物の3つが作品を統一しています。 水彩画の美しさを発見 私が水彩画に興味を持ったのは、大学在学中にイラストレーターのGoro Sasakiの授業を受けたのがきっかけです。それまで水彩画といえば、柔らかい色を重ねて描くことしか知らなかったのですが、Sasakiの画風を知って衝撃を受けました。それまでの水彩画といえば柔らかい色を重ねることしか知らなかったのですが、Sasakiの強く鮮やかな色使いの画風に衝撃を受けました。 植物を愛する気持ち 花や植物をモチーフにしたアートを描くようになったきっかけは、大学生の時にアルバイトをしていた風刺画のアルバイト先で、花柄のドレスを着た女性を見たことです。また、母が昔から植物を育てるのが好きだったので、植物に囲まれて育ったことも理由の一つかもしれません。 動物を通してビジョンを表現する 卒業後、流行りの「かっこいい」アートスタイルなど、様々なアートスタイルを実験しましたが、家族からは「このスタイルは私の性格に合わない」と言われました。自分のアートスタイルを探すことに多くの時間を費やしました。ある日、動物の絵を見て、その毛皮が植物のように見える瞬間が頭に浮かんだんです。 水彩画と植物と動物を組み合わせて描くというアイデアは、私にとってとても自然なことだと感じました。もちろん、他のアーティストは単純に可愛らしいという目的で動物の絵を描いていますが、私のアートは、動物や花や植物を組み合わせて、リアルでありながらも魅力的な描写をしているところがユニークだと思います。 <a href="https://www.tricera.net/painting/id81000110007" あなたの芸術の旅の中で、深く影響を受けたアーティストや作品はありますか? 先ほども言いましたが、最初に水彩画に興味を持ったのは佐々木五郎さんですが、一番影響を受けたのはTakeshi Ohgushiです。Ohgushiとの出会いは、今のアートスタイルに落ち着いた直後の「寺子屋」というプロジェクトでした。寺子屋とは、Ohgushiと大手広告代理店が主催する、日本のイラストレーターやデザイナーを支援するための非営利のアートプロジェクト/コンテストです。Ohgushiは私と私のアートスタイルを受け入れてくれたので、大きな自信になりました。私はOhgushiをとても尊敬していますし、私の師匠として見ています。描かれていないアウトラインを残す手法を用いていることもあり、大きな影響を受けました。 アーティストとしての道を見つける Goro Sasakiと出会って以来、水彩絵の具を使い、アーティストとしての人生を捧げてきました。 美術の仕事はどのようにして始めたのですか? 子供の頃、日本の漫画シリーズドラゴンボールが好きでした。イラストの描き方に驚愕しました。漫画のコマを何度もなぞるのが好きでしたが、色を塗りたくって薄いトレーシングペーパーを使ったことはありませんでした。中学生になってからは、自分だけのオリジナル漫画に挑戦し、漫画家になることも考えました。 漫画家という仕事の大変さに気づくのに時間はかかりませんでしたし、学業成績は良くなかったのですが、自分には絵の才能があることはわかっていました。それがきっかけで、高校でデザインの授業を受け、美大に進学しました。Goro Sasakiと出会って以来、水彩画を描き続け、アーティストとしての人生を歩んでいます。 <a href="https://www.tricera.net/painting/id81000110002" アート以外で影響を受けたものは? ドラゴンボールやワンピースなど、日本の漫画やコミックが好きです。登場人物の動きや空気感の描写が好きで、その場の空気感を「匂い」で感じられるような、より生き生きとした作品にしたいと思うようになりました。また、映画を見るのが好きなので、映画と同じように人の心を動かすような作品を作りたいと思うようになりました。 作品には温かみや親しみやすさがあるように感じますが、何かメッセージを伝えようとしているのでしょうか?見る人に何かメッセージを伝えようとしているのでしょうか? 作品に込めた一般的なメッセージはないのですが、私のアートは見る人をリラックスさせるものであってほしいです。何も考えずに気軽に楽しんでもらえるような作品にしたいです。 鮮やかな色の融合 その過程で、植物や蝶などの楽しいモチーフを思いつくままに入れて、見ている人が楽しく発見できるようにしています。 <a href="https://www.tricera.net/painting/id81000110001" 水彩画があなたにとって特別なものである理由を教えてください。 私は、絵の具が乾いた後の色がどのように見えるのか、また、それらの色がどのようにお互いにシームレスに溶け込むのか、という未知の部分に興味があります。私の作品はキャンバスの多くが空白になってしまうので、描きたいディテールのバランスを考えながら制作しています。 作品はとても細かく描かれていますが、最初の下書きは鉛筆で大まかな輪郭を描いただけです。作品のモチーフはどのように決めているのですか? まずは大まかな概要を描くことから始めます。モチーフの参考画像を見ながら時間をかけて構成し、頭の中で細かい部分を練り上げていきます。自分に言い聞かせて根気よく描き、思いついたら絵の具が完全に乾かないうちに仕上げていきます。その過程で、植物や蝶などの楽しいモチーフを適宜入れて、見ている人に発見を楽しんでもらえるようにしています。 https://www.youtube.com/watch?v=dK3fJL9r0t4&t=2s 創作の中で一番難しいのは何ですか? 絵の具を薄めるために入れる水の量を調整しています。これはあくまでも私の経験と感覚に基づくものです。一番難しいのは、水と絵の具のベストバランスを見つけることです。また、絵を描いていると、細かいところに気を取られてしまい、ついついたくさんの絵を描きすぎてしまうこともあります。時々、作品から離れて、しばらくしてから戻ってきて、新鮮な視点で作品を見ることもあります。 また、様々な植物を研究し、動物のシルエットの中に遊び心のある自然の風景を作ることで、アートに新しい要素を加え続けるようにしています。 <a href="https://www.tricera.net/painting/id81000110004" あなたの作風に沿った水彩画の動きはありますか? 自分のスタイルを完成させたいと思っているので、芸術的な流行や伝統にはあまりこだわらない。鮮やかな色を強くブレンドして、自分の作品を際立たせたいと思っています。 今後、自分のスタイルはどのように進化していくのでしょうか? 日本の要素をミックスしたアートを作りたいと思っています。例えば、サンゴ礁をモチーフにした盆栽のアートを制作しています。動物だけではなく、見ている人の心を和ませるカラフルなアートを作り続けていきたいと思っています。 <a href="https://www.tricera.net/painting/id81000110008" タケダヒロキのアートをどこで買うか TRiCERAでは、タケダヒロキのカラフルな水彩画による動物の肖像画を、日本のアート作品の中に数多く掲載しています。ぜひ、TRiCERAでタケダヒロキの作品をご覧になって、あなたの生活を日本の現代アートで満たしてみてください。

コラージュをめぐる錬金術

 アートの世界では「錬金術」ともいわれる手法、コラージュ。  その方法論的な歴史は深く(本や新聞の切り抜き、身の周りの雑多な物体などを組み合わせる方法)、紀元前200年ごろの中国まで遡ることができるという。  ファインアートの一ジャンルとして確立することとなったのは、20世紀にシュールレアリストを中心に劇的なムーブメントを起こし、同時期に”コラージュ"という言葉がジョルジュ・ブラックとパブロ・ピカソによって作られたことによるだろう。  その後、現在まで途切れることなくアッサンブラージュ、フォト・モンタージュとコラージュ的手法は様々に展開されてきたわけだが、近年ではテクノロジーの発達により新たな分野も産まれた。それがデジタルコラージュだ。本記事では、デジタルコラージュを制作する作家を紹介していく。 上田タカヨシ/Takayoshi Ueda 作家の詳細はこちらから WELCOME BOY 2ND 作家の詳細はこちらから IL VENTO Nakajima 作家の詳細はこちらから 平田尚也/Naoya Hirata 作家の詳細はこちらから soryo 作家の詳細はこちらから

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日本の秋は芸術とともに

 8月を過ぎればいよいよ我々を苛んできた暑さも和らぎ、いよいよ秋めいた季節になってくる。  そんな秋はスポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、、、といった具合に色々と捗る季節というのが昔からの認識らしい。ただアートファンにとっては、秋といえばやはり芸術ではなかろうか。ちなみに芸術の秋という言葉自体は他国には存在せず、日本固有のものだという。  背景として、まず一つに、二科展や日展、院展など日本を代表する展覧会が開催されること。また過ごしやすい秋の陽気は心に芸術を楽しむ余裕を生むことなどがあるとされる。  秋は月や紅葉が綺麗な季節だ。そんな季節にわざわざ絵で鑑賞することのなんと雅やかなことだろうか。さて本記事では、秋の月と紅葉を題材に描かれた日本人の原風景的作品を数点紹介しよう。 大地義彦/Yoshihiko Daichi 作家の詳細はこちらから Keiko Kobayashi 作家の詳細はこちらから Sai Seinan 作家の詳細はこちらから Edi Matsumoto 作家の詳細はこちらから 大泉沙知/Sachi Oizumi 作家の詳細はこちらから 藤川妃都美/Hitomi Fujikawa 作家の詳細はこちらから 刀根千賀子/Chikako Tone 作品の詳細はこちらから aki 作品の詳細はこちらから

Akira Akiyama: 伝統的な友禅着物で精神性を表現する

...祈りは日本人の心の核心にあります。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130001" 2010年に自身のブランド「友禅丸正」を立ち上げる数十年前から、Akira Akiyamaは質の高い婚礼用の着物をデザインすることに専念していました。現在では、金箔や真珠をあしらった友禅着物を着る機会があるのは、ごく一部の花嫁だけとなっています。 今回のインタビューでは、日本の伝統的な結婚式の精神的な意味、友禅着物を作る上での苦労、伝統的な形の中に美しさを表現することを追求している秋山さんにお話を伺いました。(このインタビューは、長さとわかりやすさのために翻訳し、軽く編集しています) 儀式の中のスピリチュアリティ 着物デザインの芸術を完成させる Akira Akiyamaの友禅着物の購入先 儀式の中のスピリチュアリティ <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130002" 幸せなカップルは、一見無限の可能性を秘めているように見える新郎新婦-彼らを一緒にしてくれた運命にとても感謝すべきです。 日本では精神性はどのように示されているのでしょうか? 大晦日とその翌日には、自宅に仏壇も神棚もない日本では、多くの人が地域のお寺や神社に祈りを捧げに行きます。これは、日本人の心の根底に祈りがあることの一つの証だと思います。また、日本の結婚式では、その精神性とのつながりを大切にしていくことが大切だと感じています。 婚礼着物のデザイナーとして、日本の伝統を大切にしていることは何ですか? 私の信条は、日本の花嫁にとって、日本の空の下で、日本の国で、日本の神々の前で誓いの言葉を交わすことが大切だということです。それが私の日本の結婚式に対する哲学の中心にあります。現在、地球上には女性40億人、男性40億人、合計80億人近くの人がいます。幸せなカップルは、無限の可能性を秘めた新郎新婦という運命に感謝しなければなりません。この運命への感謝の気持ちは、結婚式の中心にあるべきです。人は天上の神々がもたらしてくれた運命を理解し、感謝しなければなりません。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130003" 運命とは単なる偶然の結果ではなく、運命なのです。それは二人の人を結びつける人生の貴重な神秘であり、その事実を理解しなければなりません。育った環境も歴史も違う人と一緒に暮らすのは大変なことです。困難な時には、祈りが私たちの心を繋いでくれます。だからこそ、祈りを込めた本当に伝統的な結婚式を挙げるべきなのです。 日本の結婚式はここ数十年で変わってきています。皆さんはどのようにお考えですか? 私にとって一番の変化と課題は、式がないことです。伝統的な神道の結婚式には、祈り、御神酒を飲む、両家の結束、披露宴という四つの重要な段階があります。この四つの段階がない式は、神道の精神性を欠き、ただのイベントになってしまう。私の考えでは、このような結婚式は本来、新郎新婦が注目の的になりたい人たちのためのパーティーなのではないかと思います。 日本の伝統的な結婚式には、仲人と呼ばれる婚礼の手配人と、新郎新婦それぞれの主賓がいて、それぞれが重要な役割を果たします。nakodo は、両方の家族のメンバーをお互いに紹介し、新郎新婦、ゲストに。これに続いて、二人の主賓からの紹介スピーチが行われます。これが日本式の披露宴の伝統的な流れです。 友禅着物のデザイナーとして、これらの伝統は私にとってとても大切なものです。だからこそ、日本式の結婚式を希望されるお客様には、神道の伝統的な式がどのように展開されていくのかを常に説明しています。和婚を希望されるお客様には、このような伝統の由来や、神前式の本当の意味を知っていただくことに喜びを感じていただいています。 着物デザインの芸術を完成させる 一着の着物をこんなに長い時間をかけて完成させるなんて、この業界では私だけが狂っていると思います。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130013" 手作りの友禅着物はなぜ3年もかかるのですか? 単に商業服のデザインをしているだけなら、一着にこれほどの時間はかかりません。1着の着物を2~3年かけてデザインしても採算が合わないし、意味がない。でも、一日三食で済むシンプルな生活を考えれば、贅沢ではなく平穏な生活を求めています。利益を求めるのではなく、質素な生活を維持したいと考え、芸術的な完成度を追求することに専念することにしました。 こんなに長い時間をかけて一着の着物を完成させて利益を無視するなんて、この業界で頭がおかしいのは私だけだと思います。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130007" あなたのプロセスはほぼ純粋に芸術的なものでありながら、伝統的な形という制約があります。デザインにはどのようにアプローチしていますか?? この業界に入って67年になりますが、これまで数え切れないほどの着物をデザインしてきましたが、着物の形や寸法は変わっていません。自分の中にある美しさを表現するためには、着物の伝統的な形の中でデザインしなければなりません。着物の形の制約の中で、新しいアイデアやデザインに挑戦していかなければなりません。優雅さ、気品、高級感、高級感を兼ね備えた作品をデザインできるように頑張ります。 この業界に入って67年になりますが、これまでに数え切れないほどの着物をデザインしてきました。 注文やカスタムの依頼を受けてみませんか? なぜなら、一枚の着物を作るのに3年もかかるからです。だからこそ、流行りの着物や特別な日のための着物、何かの目的のための着物は作りません。たまたまその時の状況やご要望と私が作っているものが一致することもありますが、ご要望で着物を作ることはありません。 インスピレーションの源はどこから来るのですか? 私のデザインのアイデアは、まるで天使が私のスタジオを訪れたかのように私の中に入ってくるのですが、私の作品の中に天からのアイデアを表現するのはとても難しいことです。何週間も何のアイデアもひらめきもない状態が続くのは苦しいものです。毎日、朝から晩まで何も考えずにスタジオに座っていたことが何度あったか覚えていません。しかし、頭の中がアイデアやインスピレーションでいっぱいになることもあります。 着物を作る最終段階とは? 私は、お客様の結婚式をより完璧なものにするために、着物を一着一着神社でお祓いをしてから花嫁さんにお渡ししています。お参りの際には、神社の御朱印と着物に名前をつけてもらいます。これは、着物を通して着物を着た人の幸せを願うためです。それぞれの着物の中には、人や財産、生活に幸運をもたらす祈りが込められています。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130019" Akira Akiyamaの友禅着物の購入先 Akira Akiyamaの友禅着物を世界のどこでもお買取りさせていただきます。Akira Akiyamaの作品をはじめ、日本の現代ファッションデザイナーの作品をTRiCERAでご覧ください。

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TRiCERAのサービスには100名以上のアーティストが参加しており、ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜という日本のテレビ番組「ブレイク銭屋」でも紹介されたアーティストもいます。以下にアーティストのクリップの一部をご紹介します。 Keisuke Tsuchida https://youtu.be/dxff44DdumU <a href="https://www.tricera.net/en/id81000490018.html" Keisuke Tsuchidaの作品をもっと見る HERE より Go Ogawa https://youtu.be/NzIFKYC_qsw <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200017.html" Go Ogawaの作品をもっと見るHEREより Yu Uchida https://youtu.be/SKzYm92XoBY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200012.html" Yu Uchidaの作品をもっと見る HERE より Aran Yasuoka https://youtu.be/E2N7nuM_-WY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200054.html" Aran Yasuokaの作品をもっと見る HERE より Yuna Okanishi https://youtu.be/hXQ2TwrjfYE <a href="https://www.tricera.net/en/id81000420006.html" Yuna Okanishiの作品をもっと見るには、HEREから。 Osamu Watanabe https://youtu.be/dRcfSvzVYZ0 <a...

アーティスト紹介[親戚の仕事別]

身内と似たような職業に就いている人は珍しくありません。特にミュージシャンやスポーツ選手は統計的な相関関係があるほど顕著です。さすがに、芸術家を親に持つ人は非常に多く、親の仕事の影響力が 見られるケースも少なくありません。 しかし、親族が芸術家でなくても、間接的に創作に影響を与えることがあります。時にはモチーフやインスピレーションの源になることもあります。多くの場合、彼らは芸術家を志す人のための触媒になることができます。それほどまでに、近親者の職業は、アーティストの創造的なプロセスの重要な部分なのです。 今回は、これらの親族の職業と作品を並べて、その関係を探ってみたいと思います。 父:商社マン 神田さおり 神田が幼少の頃、父親の商社マンとしての仕事の関係で、バグダッド(イラク)やドバイ(UAE)で過ごす。異国の地で生活する中で、世界の美しさと日本の魅力に触れる。  彼女は自らを「ダンシング・ペインター」と称し、音楽の波を全身で感じて描くという考えのもとにアートパフォーマンスを行っている。身体そのものが絵画の一部となり、大きなスクリーンを横切って踊ります。作家がダイナミックに生み出す筆致は、生命体のような生命力を持っており、生まれては消えていく。そのサイクルは生態系のようなものです。  身体表現のある作品は、白髪一雄やジャクソン・ポロックのアクションペインティングの 系に繋がっていますが、照明、音楽、ダンス、お香、衣装、ヘアメイク、舞台美術などなど 空間を埋め尽くすパフォーマンスは独自のパフォーミングアートとして高く評価されており、世界遺産/沖縄中城跡にも登録されている。また、奈良の天河大弁財天社、岡山の吉備津彦神社をはじめ、台湾、上海、香港などで奉納舞踊公演を行っている。アメリカ、スイス、フランス、カザフスタン、インド、ミャンマー、フィリピンなど。日本にも招かれている。  世界中を旅し、そこに住む人々との出会いを吸収し、ダンサー、画家としての作品を精力的に発表していく彼女の姿は、国や人種の垣根を越えているが、その育ちは彼女の原体験と密接に関係していると推測できる。 神田が描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100114 父: 鍛冶屋 Hiroko Tokunaga  幼少期に「ものづくり」の一つである鍛冶屋が存在していたことが、Tokunagaの創作に対する独特の姿勢を 形にしていたようです。大学時代は油絵を専攻していましたが、「絵を描く」ことよりも「ものを作る」ことの方が 自分の表現の可能性を探った結果、アクリル板を削り出す方法を見つけたそうです。彼女が辿り着いたのはここまで。彼女の現在の作品は、現代的な「ハイ」な雰囲気を持っていますが、同時にそれはアート以上のものです。加えて、より根源的な行為である「ものづくり」を感じさせてくれます。  両親が鍛冶屋であることを知っているからかもしれないが、鍛冶屋とTokunagaの作品や創作物には共通点を感じずにはいられない。遠くから見た彼女の作品は、非常に現代的で端正でありながら、それと同じように非人情で冷たささえ感じる。それはまるで鍛冶屋が鍛えて完成させたばかりの鉄製品のようである。  しかし、切り取られた点や線は、近くで見るとまた違った表情を見せてくれます。驚くほどの繊細さを持ちながらも、人の技の痕跡を確信を持って見抜くことができる。これらの作品の温かさは、代々受け継がれてきた家業である鍛冶屋に内在する「ものづくり」の精神を反映しているように思えます。あります。点と線の「積み上げ」を見ることで、大学時代に経験した筆の「積み上げ」が、彼女の 芸術から「ものを作る」ことへの移行の感覚と、その移行によって獲得した点と線の「つながり」を 見る者はあらゆる感覚を「知覚」する。 Hiroko Tokunagaが描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100373 姉妹: アパレルビジネスマン Shimpei Ishikawa  Ishikawaの姉がファッション学生だったこともあり、思春期の頃はファッション雑誌が身近にあったという。雑誌のランウェイで見たモデルは、左右対称だったそうです。アーティスティックなモデルは、アーティストとしてのIshikawaの琴線に触れたのでしょう。その後、モデルのような姿がモチーフに登場するようになり、今でもIshikawaのモデルへの関心は高い。それは「感じて想像する」という彼の作品の基本につながっている。  モデルの顔や体を服で覆って、本来の人間の体とは違う形に変身させることが多い。されている。服を着るという人為的な行為によって、人形のように「作られた」パーツに変身する。しかし、ランウェイを歩くための足は、いわば「作られているか、作られていないか」の人間本来の姿の一部である。この二つの要素が共存することで、見る者の漠然としていながらも鮮明な「感じたり想像したりする」感覚が揺さぶられる。この二つの部分が共存することで、見る人の漠然としているが鮮明な「感じ方や想像力」の感覚を揺さぶる。作られた」部分があるからこそ、「作られた、あるいは知られていない」部分には、ある種の空白がある。 このようにして、模型を見る私たちは、想像力を働かせるように促される。  Ishikawaは全く同じことを作品の中で再現している。人為的に操作された作品の形態と、見る者の無意識のイメージが共存し、相互に作用している。行うことによって完成される彼の作品は、その性質上、創造のプロセスのようなものである。中に人がいることを前提に作品を制作し、鑑賞者の想像の余地を意図的に残している。手を握っている。鑑賞者は、手のある作品の「作られた」部分と、手のない作品の「作られた、あるいは知られていない」部分を意識的に意識している。作品との相互作用関係は、前後に縛られている。 それだけでなく、意識とは何かを再考させてくれるだろう。 Ishikawaにとって、積み木から人を彫るという行為と、服を着た人の構造は、作品の中では自然な要素である。それは結び目であり、私たちにとっては一見奇妙な行為である。しかし、「感じて創る」という精神的な機能は、私たちの日常生活の中に、ファッションモデルや 意外と潜んでいるのかもしれません。 Shimpei Ishikawaの他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100381

絵画が引き起こす化学反応が見たい – 林香苗武 インタビュー –

2011年から平面表現における速度を主題とし、制作・発表してきた林香苗武。2015年には未来派のように「速度主義宣言」を出すなど美術史をオマージュするような活動を展開してきた彼女に、今回はこれまでの経歴や作品、制作について話を聞いた。 ダンス 42 × 29.7cm, Giclee Printing on paper, edition:50 作品はこちらから 林さんは速度をテーマに制作を続けてきました。平面における速さを造形的に追求する姿勢は未来派を思わせますが、一方ではそこから独立している様子も感じられます。まずは現在の作品の成り立ちから伺えますか。  速度についてはこれまでもずっと考えてきたことではあるんですが、ただ未来派との関係について言えば意識し始めたのは2015年くらいです。2015年というと、自分の中では作品が変わってきた時期なんですけど、それまでの作品は構図的には人物を中心にそえていたんですが、ただ人物が中心にいる構図はたくさん描いてくるうちにどうしても打ち止めになっていった。人物は顔と手と足、あとは胴体の5つのパートに分解できるんですけど、それを線に置き換えて考えると、極端な話をすれば要するに5本の線をどう動かすかという話になる。シンプルですけど、だからこそその作風を続けていくことに限界を感じていたんです。変わっていかなきゃいけないなとは考え始めたのが2013年頃でした。もっと実験的なことを作品でしなくては、と。そしたら2015年頃から周りから「未来派っぽい」と言われることが多くなってきて、あとはロシア・アヴァンギャルドとか、その辺りの美術史の流れと比べてみられることが多くなった。当時はあまり興味がなかったし、「何か言われてるな」程度で、詳しくは知らなかったんですね。だけど「よく言われるけど自分はそれを知らない」という状況が段々と嫌になってきた。じゃあひとつ調べてみようと。日本には文献が乏しかったのですけど、でも調べる中で「どうやら速度をテーマにしている人たちらしい」と知り、彼らの世界観も好きになっていったんです。  そして2015年に『速度主義宣言』を出すに至るわけですね。『未来派宣言』にも通じるアクションですが、当時はどういう意図があったんですか。  宣言そのままというか、「しばらくこういう運動をやっていきます」という意思表示をするためでした。あれはマニュフェストなので、未来派の人たち同様、宣言をチラシにして配ったりして。それを当時、周囲がけっこう面白がってくれたかたちになったんですね。「今後どうやっていくのか」みたいな。 私としては戦闘態勢に入った心持ちでした。「こういうことをやっていくぞ」と。当時はずっと絵を描いていたんですけど、でも私としては絵なんて描いている場合じゃないんだという精神状態になっていて。まっすぐにコンセプチュアル・アートをやらないといけないと。空間でアプローチすることをしないと勝てないんじゃないかと。 未来派の流れを引用しながらインスタレーションにシフトしていった。林さんは比較的早期にキャリアをスタートさせましたと思いますが、当初からペインティングがメインでしたよね。  2010年に大学へ入って、翌年から少しずつ動き出したので、確かに早い方だったかもしれません。公募展で賞を頂いて、それをきっかけにして。ただインスタレーションをしていた時期は自分の絵に対してすごい嫌悪感があったんですね。周りからは「格好良い」と言って頂くことが多かったんですけど、でも自分の中では「どうしてこんなに考えて描いてるのにイラストみたいに扱うんだ!」という気持ちがあって。格好良いとかなんとか言われても、結局のところそれは消費されているだけじゃなんじゃないかって。もっと消費されない方法でアートをしなくちゃならないと考えていた時期でした。  ある意味では周囲の評価や認識に対するアンチテーゼとしてのアプローチが空間芸術だったし、その理論的な裏付けが未来派でもあった。でもそういう気持ちは時間が経つにつれて大人しくなっていくんですよね。天邪鬼なことかもしれませんけれど、でも段々と絵がやりたいと思うになってきた。というより、そう思えるようになれた。時間のおかげもありますね。絵画でやっていないことは何かについて考えてみたくなったし、今も続いていますけど、絵をやってみたいという気持ちが強くなっていったんですね。それに、そもそも私は絵に対して真摯な姿勢ってものがなかったんじゃないかと。キャンバスの中で一つの作品をつくろうっていう姿勢自体が私の中で根付いていなかったんですよ。油絵具を手に取って何かを描くとか、初歩的なところからもう一度学び直した方がいいのではと考えて。そう考えた時に未来派という流れは私にとって後付けに近かったし、当時の感覚としてはやっぱり「これはもうやられていることだよな」という疑問が頭のどこかにはあった。それに私一人が速度云々と言っていても果たして先があるのか、とか。それで去年の4月にイタリアに行ったんですけど、そこでお別れをして来たんですね。未来派の人たちが活動していた場所で、未来派に対して。「今までありがとうございました」と。「私はこれからやりたいことをやります」という意味を込めて。  絵画に戻って来た。絵画の領域で何がやりたいのかは今もまだはっきりしていないんですけど、でも絵画とイラストについてはずっと考えていて。一方ではそれが障害でもあるんですよ。絵画とイラストの断絶みたいなものが永遠に埋まらないんですね。イラストとして見られていた頃は反発心とか苛立ちを感じていて、速度主義と言ってた頃は美術史や絵画の歴史に組み込まれた錯覚をしていた。絵画とイラストを融合させようという試みは美術史の中で行われて来たことですけど、でも今や断絶っていう言葉さえ薄れて来ている気がする。それにその感覚って本当に重要か?と。「いやどうでもいいでしょう」と。もっとやりたいことやればいいでしょうという感覚になって来た。 そもそも私が描いていること、描くことにおいて重要なのは線なんですけど、それはすごくイラストとの境を曖昧にしている理由でもある。最近はデジタルのドローイングもしていて、そうすると、つまりデジタルだとテクスチャーがほとんど関係なくなるわけなんですけど、それによってますます線描の特性が明確になってくる。色だとか絵具の重なりだとかがあまり重要視されない世界で、それよりは何か強い形を生み出すことにどんどん執着をしていくんですね。やり方を変えても行き着くところは線で、その線をどうするか。ある意味で形を叩き込むことに似ているんですよ。  そもそも林さんにとって描くという行為がどういう位置にあるか伺いたいんですが、絵を描き始めたきっかけは何でしたか。  ごくごく普通というか、よくある話で絵を描くと人が喜でくれて、それを面白がっていた感じです。実家がワイン農家で、売店の2階に住んでいたんですけど、親がよく売店につれていってくれて。お客さんに似顔絵を描くと喜んでくれて。それが楽しかったし、今もそれを面白がっているところはありますね。  林さんにとって絵画あるいは絵を描くことは装置に似た意味合いがありますか? あると思いますね。何かを描きたい…というよりは私の描いた何かによって何かが起こることが一番良いとは思っていて。だからこそインスタレーションのアプローチも出来たのかもしれませんけど。  背景について話を伸ばしたいのですが、触れていたカルチャーも絵が多かったですか。  その点で言うと漫画ですね。漫画は大切だし、私の人生にとって絶対になくてはならないものかもしれない。漫画とか、あとアニメーション。線が動いていることが重要なのかなと思いますけど。 あとは音楽…というより音ですね。生活の中では基本的に音が流れてる。好きな歌手とかよりも曲というか、音ですね。音そのもの。音楽って私の中では一番速いメディアなんです。もはや音楽とか音は私にとって「速いモノ」だと思っていて。  速度の話が出て来ましたが、林さんの作品でも速度は重要な要素でもあります。  やっぱり私は速度っていうものがすごく好きなんですね。motoGPというバイクレースがあるんですけど、そのレースに出ているバイクってものすごい速度が出るんですよ。300キロ以上かな。もうレースを見るっていう感覚ではない。ものすごい速度の物体が目の前を通り過ぎていく感覚で、はっきり感じられるのはエンジンの音だけ。「あ、これが速さなんだ」っていうことが体感的に理解できるんですね。私の絵では速さのフォルムを追求しているふしがあると思うんですけど、一方では「速さとは何か」って命題もあって。例えば光の速度と言われたりしますけど、でもその速度を見た人は誰もいない。速度が速くなったり、反対に遅くなったりすることは知っているし、日々感じることではある。でもそもそも速度とは何か。誰も速度を見ている人はいないんじゃないかって。それってすごく神秘的だし、ドラマチックだと思うんですよ。  速度という概念は物理以外にも応用されますよね。例えば都市部とそれ以外では流れている時間が違っていると言われたり。現代と100年前では都市生活者の時速は違うと思いますが、そのことについて考えることはありますか? 私の感覚として「ひとが密集していると速度は速いし、逆にスカスカだと速度は遅い」というのがあって。私が東京に出て来た10年前はそれこそ神秘的な感じでした。東京の速さが凄まじかった。速度的な神話の世界にきて、それを享受している、みたいな。でも10年も経つとその速さが鬱陶しくなってきて、それを楽しむ余裕がなくなってくる。単純に疲れてきているのかな、と。人間というハード自体が速度に追いついてないのかもしれない。ゲームなんかしていても今はロードタイムってほとんどない。すごく安価にテクノロジーが楽しめて、すごく色々なことが簡略化されている。家にいても外にいても、もうあらゆるところで、あらゆることがシームレスになっている。でも脳味噌がそれに疲れてるんじゃないかなって。でも、ある程度の速度がないと人間はもうイライラしてしまいますよね。そこが面白いところでもあるんですけど。 自然の現象としても、社会や生活のシステムとしても、速度はあらゆる場面で私達にか関わっている。 しかもそれとは分からない姿で。誰にも見えないわけですよね。だから速度はいつまでも神秘でいてくれるんだと思いますね。 プロフィール長野県生まれ。2011年より平面表現における速度を主題とし、制作活動を続けている。 2015年に速度主義宣言を発表。 主な個展に「大木と巨大キツツキ」(Clear Edition & Gallery/2015)、「速度の神」(WISH LESS gallery /2019)など。 林香苗武によるエディション作品はこちらから

抑圧され、薄れゆく自己を見つめる。齊藤拓未インタビュー

公園の遊具、部屋の片隅、道端など日常のさりげない景色を虚心としたタッチで描いている齊藤拓未。「大人になるにつれ抑圧される自分がいる」と語る彼女は、自身の幼い頃の感性を呼び起こすような風景やオブジェクト、そしてそこに紐づく幼少期の自らの感情を少女の形姿に変換し、キャンバスに描き出す。今回はこれまでの経歴から自らの情緒性をベースにする齊藤の制作背景について話を聞いた。 齊藤さんは日常のスナップのような風景と少女を組み合わせたペインティングをメインに発表していますが、絵画の中ではそれぞれがどう関係しているのか、まずは作品の背景から伺ってもいいですか? 私の絵には女の子が登場するものとそうでないものがあるんですけど、女の子は私自身そのままというより、昔の自分につながる感情のような存在です。風景の方は幼少期のことを彷彿とさせるものが多いです。普段から景色とかものとか、どこか昔のことを連想させる何か見かけた時にはメモをしたり、カメラで撮影したりするのですが、それが作品のベースになっていますね。 WAITING ROOM, 2020, 29.7 × 42cm, Giclee Printing on paper, edition:50 齊藤拓未の作品はこちらから つまり少女はかつての齊藤さん自身のメタファーのように登場している。風景もかつてのことを連想させる役割をになっていますが、どちらも昔のことがキーポイントになっているんですね。  大人になるにつれて自分が抑圧されていると感じていて。それにつれて昔の自分なら持っていたような何かが流れていってしまうというか、どんどん自分がなくなっていく感覚がある。とても嫌な感覚なんですけど、それは。 でも風景とか、あとはモノですよね、そういう存在が昔の自分を思い出させてくれて。自転車を漕いでいる時に香ってきた落ち葉とか、雨が上がったあとの匂いとか、そういう日常的なものを通して昔のことを思い出せることがあるんです。「あ、これだ」というか、言葉ではうまく言えないんですけど、記憶が蘇ってくる感触がある。「あの時と同じだな」って。 その抑圧というのは人付き合いによって自分が押し止められるということですか。 ニュアンスは近い…かもしれないです。だんだんと集団でいることが嫌になっていくんですけど、でもそれに合わせてしまう自分がいる。「一緒に帰ろうね」とか「どこそこで待ち合わせね」とか、周りの友達がそう言ってくれることさえ少し窮屈だった。悪気があるとかはもちろん考えてないんですけど。 私にとって中高は空白期間で、思い出せる出来事がほとんどないんですよね。本当に、どうしてと思うくらい何もない。大人になるにつれて多くなると思うんですけど、そういう人付き合いとか、色んな制約とか、我慢しなくちゃならないこととか。でもそれに合わせているとだんだんと自分の中で何かが薄れていく感じがしていて、それにすごく危機感がある。「ああ、このまま自分が無くなっちゃうのかな」と。 friend, 2020, 45.5×38cm, oil on canvas そうすると作品はある意味で記録に近いようでもあるし、単純な風景や少女の描写ではない。 残しておきたいとしたら風景とか、目に見えてる何かというよりは感情の方ですね。女の子を描いていない景色も、あとはモノとかも、全て昔の自分につながる働きをしていて、だから人は描いていないけど、でも痕跡として残っているようには見せたいと思ってます。 だから「風景と女の子の絵ね」と思われがちな気がしますが、でも状況を描きたいわけではないんです。 経歴の話に少し移ると、齊藤さんは日本画を学ばれてますね。もともと日本画が志望だったんですか?  というより、最初はイラストの方でした。中高と漫画研究会に所属していたのですけれど、でも漫画というよりはずっとイラストを描いていました。その頃からなんとなく女の子の絵とかは描いていましたけど、当時は本当にイラストで。  でも周りの子みたいにものすごい詳しいとかでもなかったし、好きなイラストレーターの人の挿絵がある本は読んだりしてたけど、でもどっぷりという感じでもなくて。だから中途半端。  高校一年生の頃からぼんやりと美術系の大学に進みたいと考えていて、イラストを描いていたせいもあると思うんですけど、特に平面的な表現ができるなと思った日本画を選びました。どちらかというと画壇系の盛り盛りな感じよりはフラットな表現が好きだったし、受験の頃から立体的に描くのがすごく苦手で。デッサンとかも本当に苦手なんですよ。  現在ではアクリルや油彩を使っていますが、マテリアルの扱いに関しては文法が大きく異なると思うんですが、違和感はなく?  学部の頃は日本画の画材を使ってたんですけど、でも岩絵具を使っていると「なぜ使うのか?」のような意味づけを求められてしまう。あとは学部の頃から女の子を描いていたんですけど、日本画材でそれをすると美人画の文脈で受け取られてしまうんじゃないか、と。そちらに進みたいわけではなかったし、自分の描きたいものを考えるとアクリルでも問題なくできた。だから画材から描き方までけっこう変えましたね。 昔は髪とか顔とか、もっとディティールを描き込んでいたんですけど、もっと単純化させ、平面感を強める方向にシフトしました。普段描いていたドローイングがそれに近かくて、ノートにちょこちょこと描いていたものをタブローとして描いてみようと。結果的にそっちの方が自分にとって苦じゃなかったんですよね。 ただルールというか、自分で制限はもうけているとは思います。もうできないことはあまりしないようにしよう、と思っていて。色合いも薄くして、場所によっては色鉛筆を重ねてみたり、曖昧になってしまうので特定の方向に強めるような感じです。 忘れる, 2020, 31.8×41cm, oil on canvas  現在の風景と少女の組み合わせを画面に持ち込んだのはいつ頃から?  2年前くらいです。学部を出た頃かな。その頃は写真で切り取った風景とかを入れたり、少し画面がごちゃごちゃとしていたんですけど、それも幼少期という時間に設定しようと決めて。  よく分からない感じというか、より複雑にはしたいと思ってますね。ただでさえ平坦なタイプなのでペラペラになってしまいがちになる。もっと分かりにくく、もっと複雑に、とは気をつけているかな。その方が何回も見たくなると思うんです。でも最近はそのまま描きすぎているかな、とも。  作品と自分自身のつながりが強いことに抵抗はありますか?  個人的な作品になっているということがですか? それは前に少し悩んでいて、というか、今も時々は考えるんですが…。 あまりにも描いていることが個人的過ぎるのかな、と。ただマイクロポップの作家さんのように、あとはナビ派の人たちとか、いつの時代にも個人的なこととか、身の回りのことを描く人たちはいるのかなとも考えていて。自分の描きたい作品とか、描いていて無理がない作品について考えるとそっちなんじゃないか、と。あとは納得の問題だとは思うんですけど。 個人的なことを描いている作家は好きですか?  好きですね。個人的というか、さりげない、身の回りのものを使った作品と日常の断片を描いている方々は好きです。この間ワタリウムでやっていた青木さんとか、西村有さんとか、古いところでいうとドニ、ヴュイヤールとか…。  モランディも好きです。いつも画集は近くに置いてます。あとはナビ派の人たちはやっぱり好きですね。テーマとかモチーフの点ですごく参考になる。それから画家ではないんですけど、青山静男さん。子供を描き始めた時に一番影響を受けたし、今でも見失いそうになる時によく見ています。  イラストをずっと描いてきたということですが、イラストの遺伝子は自分の絵画に感じますか?  …どうだろう。でも、確かに言われる時はありますね。「イラストだね」とか、そこまで露骨なわけじゃないですけど、でも言われます。  ただ最近はどっちもかな、とは思います。イラストとも言われるし、絵画とも言われる。確かにイラストはずっと描いてたので、その感じがあっても不思議ではないと思う。好きなイラストレーターの人とかもいますし。だから最近は中間でいいかなって考えていて。 イラストと絵画の中間を。 どっちの要素もあっていいんじゃないかって。どっちの要素もあるんなら、それはそれで本当なんだろうし。 描いている少女には表情が描かれていませんね。  描いている時の自分は冷静なんです。だから描かれている人物には表情がない。そこには距離があるんですよね。前に絵を見てくれた人から「齊藤さん自身は諦めている感じだね」と言われて、それはそうかもなと思いました。女の子というか、子供が登場している理由はさっきも話したと思うんですけど、でも子供を描いている理由自体はコンプレックスというか…、どこか憧れに近いのかもしれないです。子供であることに対しての憧れ。 やはり幼少期の自分自身や現在の自分を取り巻く環境とか、あり方に対する強く関係している。  やっぱり今の自分と小学生の頃の自分が地続きでない感覚がどこかにあって。小学生の頃の写真とか、先生からのコメントとか見ているとずっと明るいんですよね。「ああ、そうだったんだ」って。環境も変わったし、自分が変わってきて、昔から大人しい人もいると思うんですけど、私は変わったんだなって。 午後の公園, 2020, 33.3×33.3cm,...

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